VOICE

■弊社スタッフの声をお届けします。
 

やりたい事が見つけられた人々

 

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麦谷美幸
(むぎたに みゆき)
所属:制作部 デスク

 

 Q.「大きくなったら何になりたいですか?」

A.「サッカー選手」「お花屋さん」「電車の運転手」「パティシエ」etc…

小さい子供に質問すると、多くの答えがすぐに返ってくる。

そして歳を重ねる毎に、段々と答えられなくなってしまう人も多いだろう。

 以前、映像業界とは全く関係の無い会社に勤める知人にこんなことを言われた。

「自分も含めてだけど、私の会社の人たちは、ただ何となく入社してきた人が多いと思う。

そして生活の為に働いている。だからやりたい事が見つけられた人って羨ましいです。」

 これまで私も様々な仕事を経験してきた。プログラマー、事務職、

ダイビングショップのガングロお姉ちゃん、子供にスイミングを教えたこともあった。

映像の仕事から離れていた時期もあったが、最終的にまた戻ってしまったのだ!

『やっぱり映像の仕事がやりたい』と思い知らされたからである。

 『自分がやりたい事』

ここオルタスジャパンは、この答えをしっかりと持っている人々の集団であると思う。

映像を通して人々に何かを伝えたい…という、同じ志を持つスタッフたち。与えられた仕事をこなす事に精一杯

だったり、やりたい番組が出来るとは限らないが、“いつか自分の企画で番組を作りたい”という想いに

向かって進んでいる。

「やりたい事」を見つけられた私たちは幸せなのかもしれない。しかし、それを実現するための道のりは決して

楽ではないだろう。

 現在、私自身はデスクとして「やりたい事」を実現するスタッフの支えと

なれるよう、「やれる事」でバックアップしているつもりである。

そして常々思う…“自分で選んだのだから、どんな事も前向きに捉え、楽しもう!”と…


“ドキュメンタリーがやりたい!”

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松本章伸
(まつもと あきのぶ)
所属:制作部 ディレクター

 追いかけたいテーマや、物事を追求する意欲がなくなったら、いつでもこの業界を辞めようと思っている。

 今から10年前、学生時代に忘れられない人たちに出会った。

国境沿いの街に生きる不法移民の家族。刑期250年、塀の中の受刑者たち。

さらに、同年代にして兵役に就くドイツの友人等、彼らとの対話はまさに未知との遭遇で驚きの連続だった。

以来、さらなる出会いを求め、放浪した場所は世界30都市を超える。

この経験がきっかけで、世界中で起きている出来事と、そこに生きる人々の息づかいを伝えたいと、

オルタスジャパンの門を叩いた。

 とにかくドキュメンタリーがやりたい。様々な境遇に置かれた人々の

生き様を映し出す、映像の世界に心惹かれていることは今も変わらない。

図書館で資料をあさり、街で様々な人に会い、番組企画のヒントを探すのが日課。

 「子ども」「困難からの脱却」「社会的暴力」

世界中で起きている、普遍的な出来事がテーマだ。

とにかく納得のいく一本を。今はその思いで疾走中。 


 

初めての制作会社

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高橋香小合
(たかはし かおり)
所属:業務部経理

 今まで人生の中で縁の無かった「制作会社」に入社した。

職務は、これもまた今までに経験した事の無い経理。

入社して初めに感じたことは、制作の人達がいい番組を作る為に

スムーズに仕事ができるようにサポートするのが私達事務の仕事だと思った。

だからこそ番組ができるまでの工程も知らない自分が 

この仕事をしていいのか?と悩んだ。

 右も左もわからないまま仕事を始めて3年ほどが経つ。

ある日、番組の中のイメージ映像で手だけの出演をする事になった。

手を映すだけなのに、角度や動かすタイミングなどディレクターが

細かく指示を出す事にびっくりした。

 この時、初めて制作の現場を見ることができ番組を作ることの

大変さを実感した。

今後も番組を作る人のサポートができるよう

そして自分自身の成長の為に仕事を頑張っていきたい。


 

「ナレーション」

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蜂谷菜穂
(はちや なほ)
所属:制作部 ディレクター

 「おまえのナレーションは映像を潰す!」

デビュー間もないころプロデューサーや先輩たちに言われたこの言葉は強烈だった。

ナレーションのせいで映像が無意味なものになる、と言われたのだ…

そんな………。

でも何が良いナレーションで悪いナレーションかは良く分からない。

有名放送作家が書いたナレーション原稿を読み返したり、みんながおもしろいと思う番組を見直したり。

自分なりの試行錯誤をしたが答えは見つからない。

 ある時、お世話になったプロデューサーの言葉を思い出した。

「現場にいたのは、お前だけ。お前が現場で感じたこと、聞いたこと、見たこと・匂い、

それらを全て盛り込まなければ取材者の伝えたい事、お前が言いたいことが

番組の中から洩れ落ちてしまうよ。」

 『思いが洩れ落ちる!?』

 長い間、取材対者に密着をするドキュメンタリー。

半年かけて撮影した素材から30分の番組を作ることだってある。

撮影した時間と、カメラを回さずに取材者と過ごした時間、それらを短い時間に凝縮しなくてはならない。

もし、取材者と共有したコトを番組の中に盛り込め切れなかったら、それは取材を受けてくれた人に対して

とても失礼なことだ。でも番組には“尺”がある。でもそこで取材者の考えや思いを“こぼさず”に伝える

手立てが「ナレーション」なのだと気づいた。

 かつて「ナレーションは気取った言葉や、かっこつけた言葉はいらない」

と言われた意味が今ならなんとなくわかる。

 正直、ナレーションを書くことは苦手だ。それは今も昔も変わらない。

でも、取材を受けてくれた人の思いをこぼさずに盛り込むことは心がけている。

それが“ディレクター”という仕事の責任だと思うから。


 

30歳を過ぎての転職

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成塚徹郎
(なりづか てつろう)
所属:企画実現部

 入社して3ヶ月が経とうとしている。

私の経歴は、この業界では異色かもしれない。つい数ヶ月前までは、人の体を癒すことを生業としていた。

タイ古式マッサージ店の店長をしていたのだ。30歳を過ぎてなぜ?と皆に聞かれる。

そう問われると確かに自分でもそう思う。

 映像制作の仕事は初めてで、右も左も分からない。

皆が話している内容が分からない。当たり前のこともできずに、叱られる自分が情けないとも思う。

しかし、期待されているのだと前向きに捉えている。

 私は幾度となくドキュメンタリーに心を打たれ、その度に奮起し今までやってこれたように思う。

皆さんの心に小さな火を灯せるような作品を作るのが目標だ。

そのためにオルタスジャパンに入社したのだから、自分ならやれるはずだと。

しかしまだ、その考えがどれだけ甘かったのかと思うことにすら出会えていない。

経験も努力もなにもかも足りていないのだろう。

今はただ、やりたかった仕事をやれている時間に感謝している。

現実的にはまだ、やりたいことはなにひとつ出来てはいないのだが。

 そして私は「企画実現部」だ。企画を通すことの難しさに苦悩し、

日々新しい発見に喜びを感じてもいる。まずは企画をひとつ通すこと。

これができずになにが「企画実現部」だろう。

 私の目は10年後、20年後の自分を見据えている。

その為に今、なにをするべきか、毎日自分に問いかけている。


 

映像のチカラ

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吉岡 岳
(よしおか がく)
所属:制作部 ディレクター

入社してから、もう半年が経つ。

この時間経過の速さは、26年間の人生の中でもトップレベルのスピードだ。

このスピードの中で、自分のことをゆっくり考えるのは至難の業である。

そんなわけで、「VOICE」を書くことを機に、この業界に入ったきっかけを思い返し、

初心に返ってみようと思う。

この業界に足を踏み入れようと決意したきっかけは、一本の映画。「チルドレン・オブ・ウォー」、

ウガンダの少年兵が集まるリハビリ施設を取材したドキュメンタリー映画だ。

幸いにも、字幕翻訳の仕事をしていたので、この作品の字幕を作らせていただいた。

初見の時はとにかく衝撃的だった。1か月余りで字幕を作り上げ、ある映画祭で上映されることになった。

正確に言うと、決意したのはこの後だ。

上映が終わり、小さな劇場に入った50人ほどのお客さんを見渡すと、泣いていた。

映像の持つ“チカラ”に、圧倒された。

それから約1年が経ち、オルタスジャパンに入社した。テレビ番組制作会社、即ち、チカラの制作会社だ。

初めて取材に行ったのはフランスとドイツ。

福島第一原発の事故を、フランス、ドイツはどう受け止めているのかを取材した。

まさに、そこには現場があった。その現場の断片をつなぎ、テロップを入れ、音楽を乗せて、

ナレーションを付け、1つの番組にする。こうして映像のチカラを作っていくのかと、感心した。

この半年で、4つの番組制作の現場を見てきた。1つの番組が放送された時の達成感は、

これまで経験したことがないもので、本当に驚いた。

4本それぞれが、独特のチカラを放っていた。と、ここまで書いていて気付いた。

忙しいから初心に返れなかったのではない。初めて目の当たりにした映像のチカラは、

今もずっと近くに存在していたんだと。まさに灯台下暗し。

いつかは自分も、映像のチカラを発揮できるような力が持てるように、

これからも肌で感じながら仕事をしていきたいと思う。


 

初 心

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吉村 元徳
(よしむらげんとく)
所属:制作部 ディレクター

 入社して一ヶ月。

 このわずか800字足らずの文章をもってすら人を惹きつけることが
できないだろうに、60分なんて以てのほか、30秒の番組だって作れる兆しはない。

 くわえて、つい先頃までハンディカメラもまともに触ったことのない
僕が、この欄を担当するという赤っ恥。

 そして、ディレクターをアシスタントすることすらできず、
ディレクターにアシストされるアシスタント・ディレクターといった現状がこっ恥ずかしい。

 しかし、「恥をかくべきだ。恥こそ成長のチャンスではないか」と岡本太郎。

 わからないことが多すぎる。相手に話しかけるタイミングがわかっていない。

 どこに句読点を打ち、どこで改行すれば読み手に伝わりやすくなるかも
わかっていない。

 そもそも何がわからないのかわかっていないと、
ディレクターに見透かされてしまう始末。ワカラナイことに埋もれた僕が、
もっとわからない人間や現象を撮ろうなんて図々しい話なのだと思う。が、以上の400字はあくまでも余興。

 なんといっても仕事が楽しい。先日伺ったバーテンダーのおはなし、
めちゃくちゃ楽しかったなぁという過去形と。何だかわからないけれども今楽しいという現在形。

 そして、次は一体どんなわからないことに出会えるのかなという
未来形の楽しみ。

 尚且つ、今後自分は一体どんな作品を作っていくのだろうかという、
さらなる未来に向かう楽しみ。言うなれば、“楽しさ”のカルテット。

 ところで先日、四十年近く寿司を握ってきた江戸っ子職人にお会いした。

 親方いわく「わからないんですよ。毎日仕入れる魚は一尾一尾ちがう。
基準がないから、何がベストなんだか正直わからないんです」。

 寿司を握り続ける原動力がここにある。と思いきや、

 「もちろん楽しいから、というのもありますね」と一言。

 なるほど。“わからない”と“楽しい”は隣接しているのだなとか、
意味を履き違えているのを承知で共感してみたところで、
途方もないこの文章の結びの論は・・・とにもかくにも、いまの僕には貪欲に学べる環境が
存分にあるということだ。

 こんな僕を手取り足取り面倒を見てくれているディレクターへの恩は、
誇れる仕事をして返していきたい。


 

制作者としてのパワーと生き様

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澤田 祥江
(さわたさちえ)
所属:制作部
 アシスタント プロデューサー

 このテレビ業界に入って、15年ほどが経つ。

 私は新卒でこの業界に入った訳ではない。

 「新劇」の劇団制作出身と言う「異色」の経歴を持っている。

 「どうして、テレビ業界に入ったの?」と良く聞かれる。

 その時、私はこう答える。

 「お金では得られない“人のパワーと財産”と“感動”を貰えるから…」

 確かに、給料や余暇を重視する人にとっては良い職場ではないだろう。

 でも、お金や余暇などは自分で頑張ればそんな欲求は満たされる。

 しかし「人との出会い」はお金ではけっして買えない。“人との出会い”は“一生の財産”になると私は思っている。

 普通の会社員で、ハリウッドスターと話せたり、総理大臣と話せたり…今、世界が、日本が注目している人物と関わりをもてるだろうか?この「マスコミ業界」でないとあり得ないであろう。

 こうした「人との出会い」は、「宝」であり「財産」となっている。

 オルタスジャパンは「ドキュメンタリー」を専門にテレビ番組の制作をしている。

 “ドキュメンタリー”と言うのは…“ドラマ”よりも“ドラマチック”だと思う。それは…嘘偽りがないその人の「生き様」がありのまま接する事が出来るから。

 この瞬間と出会えた時「この仕事をしていて良かった」と私は思う。

 テレビ業界も「不況」をもろに仰ぎ、デジタル放送に変わるのも近いと言う事で日々「進化」を遂げている。

 私も、ディレクターからプロデューサーと転身すべく修行をしている。しかし、ディレクターもプロデューサーも「制作者」である事には変わらない。

 よく「ディレクターが番組を作っている」「プロデューサーが偉い」と言う人もいるが私はそうは思わない。

 私たちは「テレビ制作のプロフェッショナル」だ。ディレクター、プロデューサーどちらが抜けても制作は出来ないと思う。

 この仕事で出会った人たちとの出会いを大切にしながら…

「人のパワー」を源に…

「澤田さんだから番組に出るよ」

 と言う関係を作り「私にしか作れない番組」「オルタスでしか作れない番組」に拘りながら、番組の制作に臨んでいきたいと思う。

 人に感動を与え… 自分も感動を得ながら…

 それが…私の「制作者」としての「生き様」となる為に…。


 

不思議体験

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岩谷 一
(いわやはじめ)
所属:制作部長 プロデューサー

 憑依現象・・・!?

 テレビの仕事を始めて25年ほどになる。その間、何度か不思議な体験をしている。まるで“天から何かが舞い降りた”と思えるような、自分でも信じられない能力を発揮したと感じることが、何度かあった。

 その体験のひとつは、もう5年くらい前の出来事だ。妖艶な姥桜の伝説を紹介するナレーションを書いているときだった。

 映像素材を見ているうちに老木の妖気に誘われたのか、編集室にいるにもかかわらず、風の音が聞こえてきて、周りが薄暗くなり、花弁が舞い始める・・・、(そんなことあるわけないが、)まるで自分が姥桜の下に立っているかのような気分になった。そして、普段は使わないような言葉が次々と湧き出てきたのだ。気付いたときには、いつの間にかナレーションを書き終えていた。

 きっと、その当時、いくつかの番組を掛け持ちしていたためか、睡眠不足の上、緊張感があり、大量の神経伝達物質が分泌されていたのだと思う。

 集中力も高まり、それまで記憶の奥深くに閉じ込められていた言葉が飛び出してきたのかもしれない。それは、かつて読んだ本のどこかに記されていた言葉や文章なのだろう。

 しかし、自分の脳の中では、妖艶な桜と相対峙していたのは確かだった。今も薄墨の花弁を満開に咲かせた桜を見ると身震いがする。(ただ、後に番組を見るとそれほど大したナレーションでもなく、自己陶酔だったのが残念・・・。)

 さて、この不思議な現象は、それ以後、起きていない。ディレクターからプロデューサーに職替えをしてしまったからだろうか。

 ただ、たとえ自己陶酔でも、あれほどの集中力をいつでも引き出せるようになれれば、仕事がもっと楽しくなるに違いない。


 

オルタスジャパンに入社して

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土井郁子
(どいいくこ)
所属:業務部 経理

「果実を食べる者は、少なくとも種子を植え付けるべきだ。」・・・ソローの言葉。

 私は今まで、まだまだ未熟者とはいえども様々な仕事をしてきた。

 幸か不幸か、何事もそこそこ器用にこなせてきた。

 努力が苦手で、いつも「そこそこ」で満足し、それなのに会社には自分に対して過大な評価を求めてきた様に思う。

「給料が安い」「もっと休みたい」etc・・・まさに種子など植える事なく果実を食べ散らかしてきた訳だ。

 約3年前、縁がありオルタスジャパンに入社。今まで携わった経験の全くない、経理の仕事に就いた。

 自分の得意分野ではない仕事を、今まで通り「そこそこ」気分ではとてもこなせず、入社当時は自信喪失、自分自身の能力のなさに嫌気がさした程だった。

 私は多分初めて本気で仕事に取り組み、「そこそこでいいや」とは決して思わなくなった。会社に対して「権利」を主張する前に、自分の果たすべき「義務」を考える様になれた。

 それはオルタスジャパンという会社が、未経験の私に対して仕事に取り組むスタンスに「自由」をくれたからだと思っている。

 自分で考え、自分で行動する、強要ではなく、成長の為の仕事であり続ける。オルタスジャパンへの貢献が、自分自身の成長に繋がる、今後もそんな仕事がしたい。


 

ドキュメンタリー番組を制作して

ポートレート
和田健吾
(わだけんご)
所属:制作部 ディレクター

2010年04月22日

 テレビなんかなくても誰も死なない。誰も困らない。

 テレビ番組なんて所詮娯楽。笑えればいい。楽しければいい。

 だから、バラエティ番組やドラマのように、出演者も裏方も、 皆が同じ意図を持った作り手だけで、という状況で作っていればいい。

 それなのに、私たちは現実の社会に介入し、現実の人々を取材しなくてはいけないドキュメンタリー番組を作っている。

 時には取材対象者が、その人たちがいないと皆が困る、誰かが死ぬというような職業の人たちであったりもする。そこに、私たちが「単なる娯楽」と言われてもしょうがない物を作るために入り込むのだから、お互い大変だ。

 人の命や生活を守っている人たちに、その取材と、私の任務、どちらが優先だとつきつけられたら、どんなに小さくなってもまだ足りない。

 そんな状況にありながらも、私たちは取材を続け、さらには、相手が聞きたくないことにも質問を向け、相手が見せたくない面にもカメラを向ける。

 そうするのは、相手の想いや努力などを、彼を知らない多くの人たちにも伝えたいと思うからだ。

 とはいっても、現実を相手にしている。うまくいかないことが多い。

 時々、ゼロから自分の思い通りに作れる映画やドラマの方がいいのでは…と思う。

 しかし、いつも取材を終えると、あの時、取材相手が言った言葉、あの時の表情、あの出来事、どう頑張っても自分がゼロから作ることは不可能だったと思い、取材相手に感謝する。

 そして、取材相手にも喜んでもらえる、そんな番組を作りたい。

あなたがオルタスジャパンを目指した理由は?

 ドキュメンタリー番組を多く制作していたから


 

渾身を込めた番組作りを

 

ポートレート
平岡 しおり
(ひらおかしおり)
所属:制作部 ディレクター

 

 ドキュメンタリーを制作したいと思い、大阪の制作会社を退職し、オルタスジャパンに入社して、はや半年が経ちました。

 テレビ制作は、どんなジャンルでも、とにかく、みんな、渾身をこめて作っています。

 そんな現場が大好きで、その渾身の想いがVTRに顕著にあらわれるところも面白くてこの仕事に打ち込んできました。

 ほんとうに、自分が「必死になってやれる仕事だ」と思います。

 でも、日々、悩んでいることもあります。

 それは、オルタスジャパンに入社して、さらに増しました。

 それは、企画が通らないということ。

 企画を通せば、自分で取材をして、カタチにすることができる。

 自分がきっかけを作って取り組む取材は、愛情もひとしお。

 カタチにしたいけれど、どうすれば、企画は通るのか、私には、1割も分かっていません。

 しかし、それをやってのける人たちが周りに沢山いるので、私も、試行錯誤しながら、とにかく書いていくしかないと思う今日このごろ。

 それと、私の心の中には、いつも、大阪で支えてくれたディレクターの先輩や応援して送り出してくれた先輩の方々の存在があります。

 これまで支えて頂いた方達への感謝は、私にとって、大きな支えとなっています。

 温かいスタッフに囲まれた中で、何の恩返しも出来ないまま、ドキュメンタリーを制作したいと東京に出てきた私は、自分がやりたかったことを貫く日が来るまで会わせる顔がないと思う日々。

 自分の意思と人への感謝を胸に、1日もはやく、自分が渾身を込めた番組が作れる日がくるまで、努力する。

 今の私は、それだけです。


オルタスジャパンに入社して

ポートレート
高橋絵美
(たかはしえみ)
所属:制作部 ディレクター

 4月1日からオルタスジャパンでの仕事が始まった。

 静まりかえった社内、たくさんの人が黙々とパソコンに向かい仕事をこなしていた。

 いったいこの人たちは何をやっているのだろう?

私は、この会社でやっていけるのだろうか?疑問と不安が一気にこみあげた。

 入社して、3週間。そんな疑問と不安をいちいち気にしている

余裕はなく、今は一日も早く企画を通さなければという焦りに変わっている。

 オルタスジャパンに入社して驚かされたのは、
ドキュメンタリーを中心に

幅広いジャンルの作品を数多く手がけていること。

そして一人ひとりが番組に対する熱い思いを持っているということだ。

 この仕事は、自分の財産につながると私は思っている。

人との出会いや経験、この仕事をやっていたからこそ、学べることがたくさんある。

オルタスジャパンなら、今までにない経験がこれからたくさんできるとあってワクワクしている。

 しかし、その一方で、企画を通さなければという焦りは消えない。

たぶんこの先も焦りと戦い続けるのだろう。

 戦い続けるとともに、小さなちいさな自分の器が日々大きくなっていく

ことを自分自身に望みたい。

あなたがオルタスジャパンを目指した理由は?

 以前はローカル局で番組制作を担当していました。

地域の人と触れ合えることは魅力でしたが、もっと深い取材をしたいと思うようになり、

ドキュメンタリー番組を制作するのが目標になっていました。

 お世話になっていた先輩に相談したところ、オルタスジャパンの名前が

あがったのがきっかけです。


 

アジアンスマイル奨励賞を受賞して

ポートレート
和田萌
(わだもえ)
所属:制作部 ディレクター

 昨年カンボジア・トンレサップ湖で取材し、水上小学校の新米先生タヴィーと字が書けない少年の交流を描いた「タヴィーの学校は水の上」という作品が、NHK『アジアンスマイル』番組内の“アジアンスマイル奨励賞”をいただきました。思い入れの強い作品なだけに、とても嬉しく思います。

 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、そこには船のように家を浮かべ暮らしている水上村がいくつかあります。

 学校はもちろんのこと、役所、病院、警察、商店、レストラン、そして若者たちが集うビリヤード場まで、ありとあらゆるものが水上に浮かんでいます。

 人々はたくましく暮らし、小さな子供でも自分で船を漕ぎ、自由に移動します。

 2週間の取材期間には、色んな顔見知りの村の人たちができ、言葉も通じないのに手を振り合ったり、時には撮影にまで協力してくれたりと、何とも温かい気持ちで、毎日トンレサップ湖に通いました。

 そしてあんな満天の星空や、真っ赤に染まる朝日まで見せてくれた湖は、この仕事をしているからこそ見られたもので、忘れることのできない体験の連続でした。

 この仕事は、徹夜があるし、時間感覚はめちゃくちゃになるし、肌は荒れるし、眠れないくらい悩み追い詰められるし、「あー苦しい・・・」と涙ながらに思うことばかりなのですが、こんな体験をしてしまうと、やっぱりやめられず苦労したことなんかさっぱり忘れて、そんな体験を求めて、さらなる企画をウキウキと考えてしまいます。

 始まったばかりのディレクター人生ですが、これから先、どんな未知なる世界が待っているのか、どんな体験ができるのか・・・楽しみでなりません。


 

映像の光と影

ポートレート
戸田有司
(とだゆうじ)
企画推進部部長
制作部プロデューサー

 ある時、マスコミに連日取り上げられる重大事件の容疑者の実家へ取材に入った。

 容疑者の母親は、声を潜めるように暮らしていた。最初は、電話で話すことも出来なかったが、足繁く通いつめ、ようやく信用してくれるようになり、家に上がらせてもらえるようになっていた。

 その日も、ひとりで母親の元を訪ねていたが、そこに逃亡を続けていた容疑者逮捕のニュース速報。いち早く聞きつけたワイドショーの取材陣が飛んできた。扉を激しく叩き、名前を大声で連呼する取材者。「息子さんがつかまったんですよ、感想聞かせてくださいよ!」母親が毎日味わってきたのは、これだったのか。

 オウム真理教事件、阪神淡路大震災、がん病棟の密着取材…

 様々な場面で突きつけられてきたのは、「オレは一体何者なんだ?」という問いだ。カメラという武器を無闇に振り回していないか?マスコミという虚像の中で、目に見えぬ「力」に溺れてはいないか?計り知れない映像メディアのパワー。映像は、人を救いもすれば、殺すことも出来るのだ。

 1991年4月からオルタスジャパン。いつの間にか古株のひとりになってしまったが、まだまだ未熟者だと自覚している。

 願わくば《映像の光と影》を見極められる者になりたい。映像の影を知り、光を信じられる者になりたい。


 

ドキュメンタリーを目指す若い方々へ

ポートレート
星野敏子
(ほしのとしこ)
オルタスジャパン
創立メンバー

 「小説より奇なり」の事実の面白さ、作家には書けない「言葉」を吐く、名もない人たち、そういうことと出会ったときの喜びが、私をドキュメンタリーから離れられなくしてきたのかもしれません。

 これまでカメラを向けることを許してくれた人たちによって、いまの私があると思います。

 ただ、無名の人をテレビという公の場に引き出してしまうことは、大きな責任を伴い、発表したために何かその人の身に不都合が起きたときは、全力で責任を取らなければなりません。

 制作者は、その意味で常に謙虚でなければならないのです。

 そして、常に今どういう時代なのかを見つめていること。今を知るには過去を知る必要もあり、単に知識ではなく、大事なことを敏感に感じ取る触覚・感性を磨く努力が大事なのではないでしょうか。

 まず、作る番組に対して愛情をもつこと。たとえ突然振られた番組でも、作る以上は「惚れこんで」自分の心と目線で対象に迫ること。やらされている、という感覚をもつぐらいなら、作り手はやめたほうがいい。

 現場で、心踊らされたり、ともに怒り、または喜ぶことがないと、見てくれる人の心を動かすことは出来ないと思います。

 偉そうなことを書きましたが、これは私自身への自戒でもあります。


 

テレビで視聴者に伝える喜び

ポートレート
成田広樹
(なりたひろき)
所属:第一制作部

 今年の春、ある番組で13人の子を持つ肝っ玉母さんを取材しました。第一子誕生から数えて44年間、華奢な体つきながら子育て一筋で生きてきた64歳の母親は「ただほっとしただけです」とひと言だけ言って涙を流しました。そのときに伝わってきたものは、子育ての苦労と同時に体のそこから湧き上がってくるようなバイタリティーでした。

 普段の生活の中では出会うことのないような人たちに会い、感動を共有できるこの仕事は刺激的です。また取材を通して事の本質や背景が理解できたり、制作した番組が大きな反響を呼んだりしたときなどは、何ともいえない達成感があります。

 これからも取材の中でいろんな人に出会い、勉強し、自分だけにしかできない番組を制作できるようになった時、視聴者がどのように感じてくれるのか知りたいです。

あなたがオルタスジャパンを目指した理由は?

「映像関係に関心があったわけではなかったが、ある時に、時代の病巣を鋭くえぐったドキュメンタリーに感動した。どういうところが作っているのだろうと調べたら、それがオルタスジャパンだった。こういう会社に身を置いてみたい、というのがきっかけでした。 」


 

社長ブログ

    インフルエンザ
    by 馬鹿社長ブログ「にんにく劇場」
    インフルエンザのため、一週間の外出禁止となった。にんにく劇場もその間お休みいただくことになる。まことにね情けないことである。 「 俺だけは 罹らぬものだと タカくくり」  ブログランキン・・・続きを読む
    (2012年02月22日)

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