VOICE

NO27 「忘れたくないもの」

 

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榎本 雪子
(えのもと ゆきこ)
所属:制作部 ディレクター

 

 
入社当初、ビクビクしながらディレクターに質問したことがある。
「カメラで撮ることが怖くないんですか?」
私がいちばん聞きたかったこと。
あるディレクターは「何年やっててもこわい」といった。
あるディレクターは「カメラなしでは現場にいけない」といった。
どちらのディレクターも今最前線で活躍している人。

入社して1年経った今、ADとして現場に行っても
未だにカメラで人を撮ることがこわい。
本気で逃げ出したくなるときさえある。
20数年しか生きていない未熟者が
相手が何十年と培ってきた生業を撮らせてもらって 毎日ごはんを食べている。
ましてやそれをテレビという不特定多数の人に向けて発信するという恐ろしさ。
そんなとんでもない仕事が私に勤まるのか…実に不安。
そうまでして何故撮らなければならないのか…未熟ながらに考える。
仕事だから…とカメラを回す人はこの会社にはいない。
そんな環境にいれることがいまの私の誇り。

それでも言葉や表情、指先のささくれの勲章まで
誰かに伝えたいと思える人が居る限りロケにはいきたい。


N026 「人生の美酒」

 

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竹内 知熙
(たけうち ともき)
所属:制作部 ディレクター

 

「魂よ、謎を解くことはお前には出来ない。
さかしい知者の立場になることは出来ない。
せめては酒と盃でこの世に楽土をひらこう。
あの世でお前が楽土に行けるときまってはいない。」

これは、11-12世紀のペルシアの詩人、オマル・ハイヤームが残した
『ルバイヤート』に収められている四行詩だ(小川亮作訳、岩波文庫)。
生きる意味に悩むニヒルな学生だった僕を、この詩は魅了した。
宗教はとうに葬られ、替わって興った科学も日に日に僕たちの自由意思の範囲を
狭めているかに見える。
グローバル化により熾烈になりつつある資本主義の暴風は、
寡占化や商品・サービスの画一化、
劣悪な労働条件を世界中にばらまき、醜態をさらしている。
いま、人間の価値とは一体何なのか?

約1000年前を生きたハイヤームが出した答えは、「酒を飲むこと」。
人間の知性は結局、この世の真理を掴み損ねる。
だから、生きている間はせめて美酒を飲んで楽しめ、と。
刹那主義の香り漂うこの結論は、人生への諦念だろうか、
それとも、生きることを肯定する“聖なる然り”だろうか。
いずれにせよ、『ルバイヤート』の魔力は僕を捉えて離さない。

僕にとって人生の美酒とは何だろう?
先日、2015年のノーベル文学賞に輝いた
アレクシエーヴィッチの『チェルノブイリの祈り』を読んだ。
書きだしは、原発事故で愛する人を失った人の痛切なインタビュー。
電車で数頁読んで、号泣しかけた。
触れる人の心に、そっと傷を残していく、
そんなドキュメンタリーを作りたい。
言うは易しだが、目標は高くがんばっていきたい。


N025 「覚えていたいこと」

 

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二木 まさ美
(ふたつぎ まさみ)
所属:制作部 ディレクター

 

 
一番最近携わったのは、「宇宙移住」の実現に向けた番組。その前は情報番組で
夫婦問題や嫁姑問題など、半径500m以内の身の回りの出来事を取材してきました。
宇宙から嫁姑問題、両極端にも思いますが、
どちらも根本に人間の営みがあるという点では同じだと感じています。

どの取材でも毎回たくさんの出会いがあり、取材の中であらゆることを
教わっています。
これは、その体験の一つです。訪問看護の現場を取材した時のこと。
許可をもらい末期ガンの男性の家を訪れました。朗らかな男性です。

何度目かにお邪魔した際、その男性が看護師に対して不満を訴える場面が
ありました。
「元気になりたいから、食事をちゃんと食べて栄養を摂りたい」
ガンに蝕まれた男性の体は、食べ物を沢山食べると痛みが出るため、
食事制限は病院の先生の配慮でした。
しかし本人は、力いっぱいに怒り、生きる意志を訴えていたのです。
ディレクターになったばかりの私は突然のピリピリした空気にオズオズして
いましたが、カメラマンは、その姿をそっと撮ってくれていました。
その場面は、番組の山場の一つになりました。
取材の最後まで、「絶対に長生きしますよ」と強い意志を見せてくれていた
その男性は、オンエアの数日後に息を引き取りました。

「撮らせてくれたんだ」と、私はいつも思います。思い上がりかも知れませんが、
男性は自分の生き様を撮らせてくれたんだと、思っています。

勘の悪い私は、いつも現場で体験しないと、
気づくことができません。
今もオズオズしますし、撮っていいライン、ダメなラインはいつも悩みます。

それでも、撮らせてくれる人がいる。
だから、作れている。
当たり前のことだけど、この仕事を始めた頃に全身で実感させてもらった
この体験を、胸に留めていたいと、いつも思います。


N024「制作会社でドキュメンタリーを作るということ」

 

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宮下瑠偉
(みやした るい)
所属:制作部 ディレクター

 

入社して15年が経つ。終身雇用なんて死語になりつつある時代にしては、
長く勤めている方かもしれない。辞めない理由はとてもシンプルで、
会社に不満が無いからだ。
ここは、“ドキュメンタリー制作に没頭したい”という欲求が叶う場所だ。
ドキュメンタリーやそれに類する仕事しか請け負っていないため、
テレビ局のように全く異なるジャンルの番組に異動させられることがない。

また、昇進して偉くなり会議室にこもることもない。
思う存分、取材で世界各地を飛び回ることができる。
見知らぬ土地を訪れる際の、期待と不安が入り混じったあのヒリヒリするような
高揚感は、東京の空調をきかせたオフィスでは絶対に得られない。
もちろん、良いことばかりでもない。ここでは、「権力と大金」は
どんなに頑張っても手に入らない。
ブランド品を身に付け、他人を自由に動かす快感を得たい人はうちに来てはいけない。

最後に、僕が会社を辞め無い理由をもうひとつ。それは“定年が無い”ことだ。
若手に負けない体力とモチベーション、時代遅れでない技術力があればいつまでも
作り続けられる。実際、70歳をすぎてもディレクターとして活躍する大先輩たちが
ここにはいる。その背中を追いながら、1本でも多くの作品を作り続けることは
僕の目標のひとつでもある。


N023 「初めて感じた番組作りのプレシャー」

 

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菅 雄佑
(すが ゆうすけ)
所属:制作部 ディレクター

 

 
入社してこの春(2017年4月)でちょうど1年が経過しました。
現在、Yahoo!ニュース特集という、ウェブのニュース動画と記事の作成の仕事に
就いています。幸いなことに、ディレクターの真似事もさせてもらいました。
 「自分の作った記事は誰かを傷つけていないか」「納品まで無事にたどり着けるだろうか」
「取材対象者の置かれている状況をきちんと描けているだろうか」
ディレクターをやらせていただいたこの3か月間は、そんな不安とプレッシャーに
押しつぶされそうな毎日でした。

思えば、先輩ディレクターの後ろについていた頃も忙しかったのですが、
気持ちはずっと楽でした。それは、「この企画の成否に自分は責任を負っている」という
当事者意識がイマイチ欠けていたからでしょう。

ディレクターになるということは、この不安とプレッシャーとずっと付き合っていく
ことだと思います。まだまだ、一人前になるまでの道のりは遠いですが、
自分なりの付き合いかたを探していければと思います。


N022「昔の自分に」

 

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菅原剣士郎
(すがはら けんしろう)
所属:制作部 ディレクター

 

 
確か小学6年生の頃、「将来の自分」を紙粘土で作る授業があった。完成した「将来の自分」が握りしめていたのは、カチンコとメガホン。夢は、映画監督になることだった。大志を抱いた菅原少年であったが、なぜか実際にカメラを回してみたり、脚本を書いたりする事はなかった。そんな自分に「熱意が足りないのでは」と疑問を感じ、いつしか映画監督の夢は、胸の奥底で小さくなってしまった。

時は流れ、就活の時期。やはり自分の好きな映像の仕事に携わりたいと、映画配給会社など、いわば「コンテンツを売る側の会社」を志望した。しかし、結果は惨敗。今思えば、自分が本当にやりたい事を考える良い機会になったと思う。結局、当初は「大変そう」と敬遠していた、「コンテンツを作る側」の番組制作会社に辿りついた。

いざ入社してみると、やはりというか、上手くいかないことだらけだった。ミスをするたび、心臓が止まりそうになる。悪戦苦闘している姿を過去の僕が見たら、ひどくがっかりするだろう。しかしそんな日々でも、この仕事を辞めようと(本気で)思ったことは不思議とない。この一年、様々な番組に関わらせてもらい、先輩方の仕事ぶりを間近で体験する中で、「やっぱり自らの手で映像を紡ぎ、自分なりの表現をしたい」という想いを、より現実的な目標として抱くようになった。映画監督に憧れていた、かつての自分にも胸を張って見せられるような、そんな番組を作ってやりたい、なんて思うのである。

…という23歳の戯言を将来、僕はどんな思いで読んでいるだろうか。


N021 「“伝わる”とは…」

 

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岩井広樹
(いわい ひろき)
所属:制作部 ディレクター

 

  私の故郷は宮城県です。
東日本大震災で地元は大きな被害を受け、身内も何人か亡くしました。
しかし、震災直後、他の地域に行ってみると何事もなかったかのように
毎日が過ぎていることに愕然としたことがありました。
ただ伝えるだけでは“他人事”と見過ごされがちな出来事も、
ドキュメンタリーなら、その出来事の当事者に密着し、
その人の思いや人間像を描き伝えることができます。
それを見てくれた人が共感したときが、本当の「伝わる」ということだと思っています。
オルタスジャパンはドキュメンタリーを専門とする制作会社です。
ここはそこにこだわることが出来る場所だと思っています。


N020「 〇〇 」

 

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深田 聖介
(ふかだ しょうすけ)
所属:制作部 ディレクター

 

『“なんかドキュメンタリーって知的っぽくて良いよね”ぐらいの感覚で入社してからかれこれ丸3年になる。
幸いにして僕は1年目からディレクターの真似事をさせてもらい、これまで何本かの番組を作ってきた。
それでも一向にこの仕事に慣れる気配は無く、目の前の事に精一杯で毎日が過ぎ去っていく。

悪い面を挙げればキリがない。
取材相手の人生を変えてしまうかもしれない責任感で胃は痛いし、ロケ前は緊張で寝られない。
編集はきついし、貯金も無い。でも、それでも、この仕事を続けているのは○○だからだ————』

と、文章を続けたいのだが、この○○が埋まらず、かれこれ数週間が経過している。

そりゃ取材相手に喜ばれた時の感動はひとしおだし、自分の番組の放送直後はテンションが上がって寝られない。
編集の文化祭前日みたいな雰囲気は好きだし、同期と飲む190円のハイボールは美味しい。
一生懸命考えたが、よくわからない。一言でバシッと表せないのが仕事の魅力なのだろうか・・・
とりあえずは、いつかこの空白を埋められる日を待ちながら、目の前の仕事に取り組んでいきたいと思う。


N019「自分がいかに楽しめるか」

 

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田部井 隆聡
(たべい たかとし)
所属:制作部 ディレクター

 

仕事をする上でのポリシーは「自分がいかに楽しめるか」。
今はインターネットの検索サイト・Yahoo!の中にある
Yahoo!ニュース特集というページの制作をしている。
どんなものか簡単に説明すると、毎回テーマを絞って取材をしたものが最終的に「映像」、
「スチール写真」「テキスト」という3つの手法で構成されているページだ。
興味がある人は見て欲しい(URL:http://news.yahoo.co.jp/feature)。

 この制作に携わって半年ほど経つが、実は当初はあまり乗り気でなかった。
「テレビ番組の制作に携わりたくてこの業界に入ったのに、
なぜネットのページ制作をしなくてはいけないのか?」という考えがあったからだ。

しかし、実際に制作を進めるうちにその考えは大きく変わった。
テレビの制作は基本的に映像を作る仕事がメイン。
大きな流れとしては、取材した映像を編集し、そこにナレーションを付けて
VTRを完成させれば終わりだ。

しかし、今携わっているヤフーの仕事はそのVTRの制作に加えて
「テキスト」をつくるという作業が入ってくる。
これがなかなかやっかいで3000字、400字詰め原稿用紙で言うと8枚弱のボリュームの
ものをディレクター自らが考えなければいけない。
しかもただ3000字書けば良いというわけでもない。文章だけで読者を引き寄せなければ
ならない。
新聞記者やライターのように文章を書くテクニックが必要になってくる。
この業界に入って10年強の自分にとっては全く未知の体験だ。もちろん不安も大きい。

でもこの年齢(34歳)でまた新しいことが出来るという
ワクワク感もある。
ディレクターとして新たな武器が1つ増えるかもしれないという期待もある。
要はどんな仕事でも「自分がいかに楽しめるか」」だ。
5年後10年後の自分が、あの時Yahoo!ニュース特集をやっていて良かったと
思えるような仕事をしていきたい。


N018 「オルタスに入社して」

 

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前田翔子
(まえだ しょうこ)
所属:制作部 アシスタントプロデューサー

 

  幼い頃からお笑い番組が好きだったので、
ミーハーな気持ちから興味本位で、
広島のド田舎から上京し、バラエティ系の番組制作会社に入社した。
しかし、理想と違って現実はとても厳しかった。
一時期、テレビ業界から離れた。が、ひょんなことからテレビ業界に戻ることとなった。
しかも、“ドキュメンタリー系制作会社”のオルタスジャパン。
私には縁のないジャンルだと思っていた。むしろ、あまり興味はなかった。

しかし、入社してからは、“ドキュメンタリー”というものに少しずつ惹かれていった。
先輩ディレクターの取材しているようすを見ると、
次から次へと質問を投げかけている。
これ以上聞く事なんてあるのかと思っても、
先輩ディレクターは興味津々にまた質問している。

そして、取材者の想いを自然に引き出している。
そして、構成やナレーションによって、
より取材者の“想い”が伝わる作品となる。“ちゃんと伝える”って
簡単なようで難しい。
ドキュメンタリーって、とても“カッコイイ”と思った。

でもやっぱり、私はお笑い番組も好きなので、
いつか1本だけでもいいからそっち系の番組を制作できないかと密かに考えている。
ドキュメンタリー系の会社がお笑い系番組を作るのも面白いんじゃないかと…。
こんなことを考えているのは私だけかもしれないが。


N017 「自分なりに伝えたい」

 

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奥村佳帆梨
(おくむら かおり)
所属:制作部 ディレクター

 

 入社2年目です。
誰にも遠慮せずに言うならば、いつか自分にしかできない
ドキュメンタリー番組を作ることが目標です。
でも今は、目の前の出来事を追うので精一杯です。
去年の秋、ある病院でシリア難民を取材しました。
爆撃で足を失った私と同い年のその人を前にして
紛争への憎しみや治療に懸ける希望を、
どのように映せば良いのかとても悩みました。

二度と無い瞬間に立ち会わせてもらっているからこそ
自分なりの方法でその瞬間を表現したいと思います。
これからもディレクターとして世界中へ出かけ、
自分の目で見たことを自分なりの方法で伝えることが出来たら、
何より幸せです。


N016 「ほんの少しの・・・」

 

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野上皆実
(のがみ みなみ)
所属:制作部 ディレクター

 

この業界に入って3年目。
これまで自分が苦手としてきた事、避けてきた事に日々直面し、
四苦八苦しながらやっている。
自分の強みとか、得意分野とか、色々考えてはいるが、
なかなか活かせずにいて…色々と悩む毎日だ。

前に、同期とこんな話をした。
「しんどいけど、時々、仕事をしていて、ほんの少し、楽しい瞬間がある。
その、少しだけの楽しさに、救われる。」

私にとっての少しだけの楽しさは、「人」にある。

私の知らない場所で、私の知らない人が、私の知らない生き方をしている、
そんな人と、まず出会って話をするところから、この仕事はスタートする。
初対面では、なかなか上手く話せない時の方が多いが、
時々、昔からの知り合いなんじゃなかろうか?と思う程、仲良くなることもある。
その中で共通して言えるのは、みんな、本当に魅力的で面白い人だということ。
そんな人たちと出会えるというのは、奇跡的なことで、
毎回、本当に幸運なことだと思っている。
しかしながら、テレビを通して、そういう魅力的な人たちのことを自然に、
そして素直に伝えていくのは、とても難しいと感じる。
その「難しさ」を自分なりの楽しさに変えられれば最高だが…。
そう簡単にはいかない。
いつか、自分の中で「これだ!」という実感が得られる日まで、
とにかく今は、悩みながらも、がむしゃらに進んでいきたいと思う。


N015 「幻想の現実」

 

ポートレート
関 強
(かん きょう)
所属:制作部 ディレクター

 

ドキュメンタリーには興味がなかった。
映画を撮りたい!
偶然にオルタスジャパンに入社した。
日々が経って、体は太っていった。でも作品は一つも作ってなかった。
ぎりぎりクビにされるところで、企画が通った!
みなさん大好きな「中国・性の解放」を描いたドキュメンタリー。
頑張ってエロい気持ちを忘れずに作品を作った。
なんと僕のエロい気持ちが大好評!
「エロいな」と褒められて、幸せだった。

ドキュメンタリーを作って考えさせられた。
30歳の僕、30年後は何をやっている?
僕が映画監督になって表現したいのは生活そのもの。
生活は芸術だと思う。

 意外性があり、未来に何が起こるのか予想できない。
その生活を表現するなら、人のリアルな生活を見つめる
ドキュメンタリーが最適だと気付いた。

ドキュメンタリーは未来を描く芸術。
生活の現実ではなくて、現実の幻想なんだ。

きっと30年後も生活の芸術に没頭しているだろう。
これから続く僕の人生。


N014 「渾身を込めた番組作りを」

 

ポートレート
平岡 しおり
(ひらおかしおり)
所属:制作部 ディレクター

 

 ドキュメンタリーを制作したいと思い、大阪の制作会社を退職し、オルタスジャパンに入社して、はや半年が経ちました。

 テレビ制作は、どんなジャンルでも、とにかく、みんな、渾身をこめて作っています。

 そんな現場が大好きで、その渾身の想いがVTRに顕著にあらわれるところも面白くてこの仕事に打ち込んできました。

 ほんとうに、自分が「必死になってやれる仕事だ」と思います。

 でも、日々、悩んでいることもあります。

 それは、オルタスジャパンに入社して、さらに増しました。

 それは、企画が通らないということ。

 企画を通せば、自分で取材をして、カタチにすることができる。

 自分がきっかけを作って取り組む取材は、愛情もひとしお。

 カタチにしたいけれど、どうすれば、企画は通るのか、私には、1割も分かっていません。

 しかし、それをやってのける人たちが周りに沢山いるので、私も、試行錯誤しながら、とにかく書いていくしかないと思う今日このごろ。

 それと、私の心の中には、いつも、大阪で支えてくれたディレクターの先輩や応援して送り出してくれた先輩の方々の存在があります。

 これまで支えて頂いた方達への感謝は、私にとって、大きな支えとなっています。

 温かいスタッフに囲まれた中で、何の恩返しも出来ないまま、ドキュメンタリーを制作したいと東京に出てきた私は、自分がやりたかったことを貫く日が来るまで会わせる顔がないと思う日々。

 自分の意思と人への感謝を胸に、1日もはやく、自分が渾身を込めた番組が作れる日がくるまで、努力する。

 今の私は、それだけです。


N013 「原点回帰」

 

ポートレート
幸澤 学
(こうさわ まなぶ)
所属:制作部 ディレクター

 

自分の見たいもの、知りたいこと、会って話を聞きたい人・・・
一枚の企画書に思いを綴り、それが採用されれば
世界中どんな所でも行くことができ、
地位や立場、職種に関係なく どんな人でも会って取材が出来る。
それがテレビの仕事を選んだ自分の原点だ。

北海道の大湿原で世界最小のほ乳類を追いかけ、
北アフリカでは砂漠に埋もれた古代ローマ遺跡を取材、
特殊カメラで絶品餃子の美味しさの秘密に迫った・・・
改めて考えると“超・魅力的な仕事”だ。

この恵まれた環境にいながら、それを最大限に活かしきれていないのでは・・・
最近、そう痛感している。
人生を逆算すると造れる番組はそう多くはない。

カッコ良く言えば、自分にとって企画書は“夢を叶える切符”
とにかく やりたいことをぶつけていきたい!!


N012 ドキュメンタリーがやりたい!

 

ポートレート
松本章伸
(まつもと あきのぶ)
所属:制作部 ディレクター

 

 追いかけたいテーマや、物事を追求する意欲がなくなったら、いつでもこの業界を辞めようと思っている。

 今から10年前、学生時代に忘れられない人たちに出会った。

国境沿いの街に生きる不法移民の家族。刑期250年、塀の中の受刑者たち。

さらに、同年代にして兵役に就くドイツの友人等、彼らとの対話はまさに未知との遭遇で驚きの連続だった。

以来、さらなる出会いを求め、放浪した場所は世界30都市を超える。

この経験がきっかけで、世界中で起きている出来事と、そこに生きる人々の息づかいを伝えたいと、

オルタスジャパンの門を叩いた。

 とにかくドキュメンタリーがやりたい。様々な境遇に置かれた人々の

生き様を映し出す、映像の世界に心惹かれていることは今も変わらない。

図書館で資料をあさり、街で様々な人に会い、番組企画のヒントを探すのが日課。

 「子ども」「困難からの脱却」「社会的暴力」

世界中で起きている、普遍的な出来事がテーマだ。

とにかく納得のいく一本を。今はその思いで疾走中。


N011 オルタスジャパンに入社して

 

ポートレート
高橋絵美
(たかはしえみ)
所属:制作部 ディレクター

 

 4月1日からオルタスジャパンでの仕事が始まった。

 静まりかえった社内、たくさんの人が黙々とパソコンに向かい仕事をこなしていた。

 いったいこの人たちは何をやっているのだろう?

私は、この会社でやっていけるのだろうか?疑問と不安が一気にこみあげた。

 入社して、3週間。そんな疑問と不安をいちいち気にしている

余裕はなく、今は一日も早く企画を通さなければという焦りに変わっている。

 オルタスジャパンに入社して驚かされたのは、
ドキュメンタリーを中心に

幅広いジャンルの作品を数多く手がけていること。

そして一人ひとりが番組に対する熱い思いを持っているということだ。

 この仕事は、自分の財産につながると私は思っている。

人との出会いや経験、この仕事をやっていたからこそ、学べることがたくさんある。

オルタスジャパンなら、今までにない経験がこれからたくさんできるとあってワクワクしている。

 しかし、その一方で、企画を通さなければという焦りは消えない。

たぶんこの先も焦りと戦い続けるのだろう。

 戦い続けるとともに、小さなちいさな自分の器が日々大きくなっていく

ことを自分自身に望みたい。

あなたがオルタスジャパンを目指した理由は?

 以前はローカル局で番組制作を担当していました。

地域の人と触れ合えることは魅力でしたが、もっと深い取材をしたいと思うようになり、

ドキュメンタリー番組を制作するのが目標になっていました。

 お世話になっていた先輩に相談したところ、オルタスジャパンの名前が

あがったのがきっかけです。


N010 初 心

 

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吉村 元徳
(よしむらげんとく)
所属:制作部 ディレクター

 

 入社して一ヶ月。

 このわずか800字足らずの文章をもってすら人を惹きつけることが
できないだろうに、60分なんて以てのほか、30秒の番組だって作れる兆しはない。

 くわえて、つい先頃までハンディカメラもまともに触ったことのない
僕が、この欄を担当するという赤っ恥。

 そして、ディレクターをアシスタントすることすらできず、
ディレクターにアシストされるアシスタント・ディレクターといった現状がこっ恥ずかしい。

 しかし、「恥をかくべきだ。恥こそ成長のチャンスではないか」と岡本太郎。

 わからないことが多すぎる。相手に話しかけるタイミングがわかっていない。

 どこに句読点を打ち、どこで改行すれば読み手に伝わりやすくなるかも
わかっていない。

 そもそも何がわからないのかわかっていないと、
ディレクターに見透かされてしまう始末。ワカラナイことに埋もれた僕が、
もっとわからない人間や現象を撮ろうなんて図々しい話なのだと思う。が、以上の400字はあくまでも余興。

 なんといっても仕事が楽しい。先日伺ったバーテンダーのおはなし、
めちゃくちゃ楽しかったなぁという過去形と。何だかわからないけれども今楽しいという現在形。

 そして、次は一体どんなわからないことに出会えるのかなという
未来形の楽しみ。

 尚且つ、今後自分は一体どんな作品を作っていくのだろうかという、
さらなる未来に向かう楽しみ。言うなれば、“楽しさ”のカルテット。

 ところで先日、四十年近く寿司を握ってきた江戸っ子職人にお会いした。

 親方いわく「わからないんですよ。毎日仕入れる魚は一尾一尾ちがう。
基準がないから、何がベストなんだか正直わからないんです」。

 寿司を握り続ける原動力がここにある。と思いきや、

 「もちろん楽しいから、というのもありますね」と一言。

 なるほど。“わからない”と“楽しい”は隣接しているのだなとか、
意味を履き違えているのを承知で共感してみたところで、
途方もないこの文章の結びの論は・・・とにもかくにも、いまの僕には貪欲に学べる環境が
存分にあるということだ。

 こんな僕を手取り足取り面倒を見てくれているディレクターへの恩は、
誇れる仕事をして返していきたい。


N009 初めての制作会社

 

ポートレート
高橋香小合
(たかはし かおり)
所属:業務部経理

 

 今まで人生の中で縁の無かった「制作会社」に入社した。

職務は、これもまた今までに経験した事の無い経理。

入社して初めに感じたことは、制作の人達がいい番組を作る為に

スムーズに仕事ができるようにサポートするのが私達事務の仕事だと思った。

だからこそ番組ができるまでの工程も知らない自分が

この仕事をしていいのか?と悩んだ。

 右も左もわからないまま仕事を始めて3年ほどが経つ。

ある日、番組の中のイメージ映像で手だけの出演をする事になった。

手を映すだけなのに、角度や動かすタイミングなどディレクターが

細かく指示を出す事にびっくりした。

 この時、初めて制作の現場を見ることができ番組を作ることの

大変さを実感した。

今後も番組を作る人のサポートができるよう

そして自分自身の成長の為に仕事を頑張っていきたい。


N008 制作者としてのパワーと生き様

 

ポートレート
澤田 祥江
(さわたさちえ)
所属:制作部
アシスタント プロデューサー

 

 このテレビ業界に入って、15年ほどが経つ。

 私は新卒でこの業界に入った訳ではない。

 「新劇」の劇団制作出身と言う「異色」の経歴を持っている。

 「どうして、テレビ業界に入ったの?」と良く聞かれる。

 その時、私はこう答える。

 「お金では得られない“人のパワーと財産”と“感動”を貰えるから…」

 確かに、給料や余暇を重視する人にとっては良い職場ではないだろう。

 でも、お金や余暇などは自分で頑張ればそんな欲求は満たされる。

 しかし「人との出会い」はお金ではけっして買えない。“人との出会い”は“一生の財産”になると私は思っている。

 普通の会社員で、ハリウッドスターと話せたり、総理大臣と話せたり…今、世界が、日本が注目している人物と関わりをもてるだろうか?この「マスコミ業界」でないとあり得ないであろう。

 こうした「人との出会い」は、「宝」であり「財産」となっている。

 オルタスジャパンは「ドキュメンタリー」を専門にテレビ番組の制作をしている。

 “ドキュメンタリー”と言うのは…“ドラマ”よりも“ドラマチック”だと思う。それは…嘘偽りがないその人の「生き様」がありのまま接する事が出来るから。

 この瞬間と出会えた時「この仕事をしていて良かった」と私は思う。

 テレビ業界も「不況」をもろに仰ぎ、デジタル放送に変わるのも近いと言う事で日々「進化」を遂げている。

 私も、ディレクターからプロデューサーと転身すべく修行をしている。しかし、ディレクターもプロデューサーも「制作者」である事には変わらない。

 よく「ディレクターが番組を作っている」「プロデューサーが偉い」と言う人もいるが私はそうは思わない。

 私たちは「テレビ制作のプロフェッショナル」だ。ディレクター、プロデューサーどちらが抜けても制作は出来ないと思う。

 この仕事で出会った人たちとの出会いを大切にしながら…

「人のパワー」を源に…

「澤田さんだから番組に出るよ」

 と言う関係を作り「私にしか作れない番組」「オルタスでしか作れない番組」に拘りながら、番組の制作に臨んでいきたいと思う。

 人に感動を与え… 自分も感動を得ながら…

 それが…私の「制作者」としての「生き様」となる為に…。


N007 映像のチカラ

 

ポートレート
吉岡 岳
(よしおか がく)
所属:制作部 ディレクター

 

入社してから、もう半年が経つ。

この時間経過の速さは、26年間の人生の中でもトップレベルのスピードだ。

このスピードの中で、自分のことをゆっくり考えるのは至難の業である。

そんなわけで、「VOICE」を書くことを機に、この業界に入ったきっかけを思い返し、

初心に返ってみようと思う。

この業界に足を踏み入れようと決意したきっかけは、一本の映画。「チルドレン・オブ・ウォー」、

ウガンダの少年兵が集まるリハビリ施設を取材したドキュメンタリー映画だ。

幸いにも、字幕翻訳の仕事をしていたので、この作品の字幕を作らせていただいた。

初見の時はとにかく衝撃的だった。1か月余りで字幕を作り上げ、ある映画祭で上映されることになった。

正確に言うと、決意したのはこの後だ。

上映が終わり、小さな劇場に入った50人ほどのお客さんを見渡すと、泣いていた。

映像の持つ“チカラ”に、圧倒された。

それから約1年が経ち、オルタスジャパンに入社した。テレビ番組制作会社、即ち、チカラの制作会社だ。

初めて取材に行ったのはフランスとドイツ。

福島第一原発の事故を、フランス、ドイツはどう受け止めているのかを取材した。

まさに、そこには現場があった。その現場の断片をつなぎ、テロップを入れ、音楽を乗せて、

ナレーションを付け、1つの番組にする。こうして映像のチカラを作っていくのかと、感心した。

この半年で、4つの番組制作の現場を見てきた。1つの番組が放送された時の達成感は、

これまで経験したことがないもので、本当に驚いた。

4本それぞれが、独特のチカラを放っていた。と、ここまで書いていて気付いた。

忙しいから初心に返れなかったのではない。初めて目の当たりにした映像のチカラは、

今もずっと近くに存在していたんだと。まさに灯台下暗し。

いつかは自分も、映像のチカラを発揮できるような力が持てるように、

これからも肌で感じながら仕事をしていきたいと思う。


N006 オルタスジャパンに入社して

 

ポートレート
田中郁子
(たなかいくこ)
所属:業務部 経理

 

「果実を食べる者は、少なくとも種子を植え付けるべきだ。」・・・ソローの言葉。

 私は今まで、まだまだ未熟者とはいえども様々な仕事をしてきた。

 幸か不幸か、何事もそこそこ器用にこなせてきた。

 努力が苦手で、いつも「そこそこ」で満足し、それなのに会社には自分に対して過大な評価を求めてきた様に思う。

「給料が安い」「もっと休みたい」etc・・・まさに種子など植える事なく果実を食べ散らかしてきた訳だ。

 約3年前、縁がありオルタスジャパンに入社。今まで携わった経験の全くない、経理の仕事に就いた。

 自分の得意分野ではない仕事を、今まで通り「そこそこ」気分ではとてもこなせず、入社当時は自信喪失、自分自身の能力のなさに嫌気がさした程だった。

 私は多分初めて本気で仕事に取り組み、「そこそこでいいや」とは決して思わなくなった。会社に対して「権利」を主張する前に、自分の果たすべき「義務」を考える様になれた。

 それはオルタスジャパンという会社が、未経験の私に対して仕事に取り組むスタンスに「自由」をくれたからだと思っている。

 自分で考え、自分で行動する、強要ではなく、成長の為の仕事であり続ける。オルタスジャパンへの貢献が、自分自身の成長に繋がる、今後もそんな仕事がしたい。


N005 やりたい事が見つけられた人々

 

ポートレート
麦谷美幸
(むぎたに みゆき)
所属:制作部 デスク

 

 Q.「大きくなったら何になりたいですか?」

A.「サッカー選手」「お花屋さん」「電車の運転手」「パティシエ」etc…

小さい子供に質問すると、多くの答えがすぐに返ってくる。

そして歳を重ねる毎に、段々と答えられなくなってしまう人も多いだろう。

 以前、映像業界とは全く関係の無い会社に勤める知人にこんなことを言われた。

「自分も含めてだけど、私の会社の人たちは、ただ何となく入社してきた人が多いと思う。

そして生活の為に働いている。だからやりたい事が見つけられた人って羨ましいです。」

 これまで私も様々な仕事を経験してきた。プログラマー、事務職、

ダイビングショップのガングロお姉ちゃん、子供にスイミングを教えたこともあった。

映像の仕事から離れていた時期もあったが、最終的にまた戻ってしまったのだ!

『やっぱり映像の仕事がやりたい』と思い知らされたからである。

 『自分がやりたい事』

ここオルタスジャパンは、この答えをしっかりと持っている人々の集団であると思う。

映像を通して人々に何かを伝えたい…という、同じ志を持つスタッフたち。与えられた仕事をこなす事に精一杯

だったり、やりたい番組が出来るとは限らないが、“いつか自分の企画で番組を作りたい”という想いに

向かって進んでいる。

「やりたい事」を見つけられた私たちは幸せなのかもしれない。しかし、それを実現するための道のりは決して

楽ではないだろう。

 現在、私自身はデスクとして「やりたい事」を実現するスタッフの支えと

なれるよう、「やれる事」でバックアップしているつもりである。

そして常々思う…“自分で選んだのだから、どんな事も前向きに捉え、楽しもう!”と…


N004 アジアンスマイル奨励賞を受賞して

 

ポートレート
和田萌
(わだもえ)
所属:制作部 ディレクター

 

 昨年カンボジア・トンレサップ湖で取材し、水上小学校の新米先生タヴィーと字が書けない少年の交流を描いた「タヴィーの学校は水の上」という作品が、NHK『アジアンスマイル』番組内の“アジアンスマイル奨励賞”をいただきました。思い入れの強い作品なだけに、とても嬉しく思います。

 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、そこには船のように家を浮かべ暮らしている水上村がいくつかあります。

 学校はもちろんのこと、役所、病院、警察、商店、レストラン、そして若者たちが集うビリヤード場まで、ありとあらゆるものが水上に浮かんでいます。

 人々はたくましく暮らし、小さな子供でも自分で船を漕ぎ、自由に移動します。

 2週間の取材期間には、色んな顔見知りの村の人たちができ、言葉も通じないのに手を振り合ったり、時には撮影にまで協力してくれたりと、何とも温かい気持ちで、毎日トンレサップ湖に通いました。

 そしてあんな満天の星空や、真っ赤に染まる朝日まで見せてくれた湖は、この仕事をしているからこそ見られたもので、忘れることのできない体験の連続でした。

 この仕事は、徹夜があるし、時間感覚はめちゃくちゃになるし、肌は荒れるし、眠れないくらい悩み追い詰められるし、「あー苦しい・・・」と涙ながらに思うことばかりなのですが、こんな体験をしてしまうと、やっぱりやめられず苦労したことなんかさっぱり忘れて、そんな体験を求めて、さらなる企画をウキウキと考えてしまいます。

 始まったばかりのディレクター人生ですが、これから先、どんな未知なる世界が待っているのか、どんな体験ができるのか・・・楽しみでなりません。


N003 不思議体験

 

ポートレート
岩谷 一
(いわやはじめ)
所属:制作部長 プロデューサー

 

 憑依現象・・・!?

 テレビの仕事を始めて25年ほどになる。その間、何度か不思議な体験をしている。まるで“天から何かが舞い降りた”と思えるような、自分でも信じられない能力を発揮したと感じることが、何度かあった。

 その体験のひとつは、もう5年くらい前の出来事だ。妖艶な姥桜の伝説を紹介するナレーションを書いているときだった。

 映像素材を見ているうちに老木の妖気に誘われたのか、編集室にいるにもかかわらず、風の音が聞こえてきて、周りが薄暗くなり、花弁が舞い始める・・・、(そんなことあるわけないが、)まるで自分が姥桜の下に立っているかのような気分になった。そして、普段は使わないような言葉が次々と湧き出てきたのだ。気付いたときには、いつの間にかナレーションを書き終えていた。

 きっと、その当時、いくつかの番組を掛け持ちしていたためか、睡眠不足の上、緊張感があり、大量の神経伝達物質が分泌されていたのだと思う。

 集中力も高まり、それまで記憶の奥深くに閉じ込められていた言葉が飛び出してきたのかもしれない。それは、かつて読んだ本のどこかに記されていた言葉や文章なのだろう。

 しかし、自分の脳の中では、妖艶な桜と相対峙していたのは確かだった。今も薄墨の花弁を満開に咲かせた桜を見ると身震いがする。(ただ、後に番組を見るとそれほど大したナレーションでもなく、自己陶酔だったのが残念・・・。)

 さて、この不思議な現象は、それ以後、起きていない。ディレクターからプロデューサーに職替えをしてしまったからだろうか。

 ただ、たとえ自己陶酔でも、あれほどの集中力をいつでも引き出せるようになれれば、仕事がもっと楽しくなるに違いない。


N002 映像の光と影

 

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戸田有司
(とだゆうじ)
企画推進部部長
制作部プロデューサー

 

 ある時、マスコミに連日取り上げられる重大事件の容疑者の実家へ取材に入った。

 容疑者の母親は、声を潜めるように暮らしていた。最初は、電話で話すことも出来なかったが、足繁く通いつめ、ようやく信用してくれるようになり、家に上がらせてもらえるようになっていた。

 その日も、ひとりで母親の元を訪ねていたが、そこに逃亡を続けていた容疑者逮捕のニュース速報。いち早く聞きつけたワイドショーの取材陣が飛んできた。扉を激しく叩き、名前を大声で連呼する取材者。「息子さんがつかまったんですよ、感想聞かせてくださいよ!」母親が毎日味わってきたのは、これだったのか。

 オウム真理教事件、阪神淡路大震災、がん病棟の密着取材…

 様々な場面で突きつけられてきたのは、「オレは一体何者なんだ?」という問いだ。カメラという武器を無闇に振り回していないか?マスコミという虚像の中で、目に見えぬ「力」に溺れてはいないか?計り知れない映像メディアのパワー。映像は、人を救いもすれば、殺すことも出来るのだ。

 1991年4月からオルタスジャパン。いつの間にか古株のひとりになってしまったが、まだまだ未熟者だと自覚している。

 願わくば《映像の光と影》を見極められる者になりたい。映像の影を知り、光を信じられる者になりたい。


N001 ドキュメンタリーを目指す若い方々へ

 

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星野敏子
(ほしのとしこ)
オルタスジャパン
創立メンバー

 

 「小説より奇なり」の事実の面白さ、作家には書けない「言葉」を吐く、名もない人たち、そういうことと出会ったときの喜びが、私をドキュメンタリーから離れられなくしてきたのかもしれません。

 これまでカメラを向けることを許してくれた人たちによって、いまの私があると思います。

 ただ、無名の人をテレビという公の場に引き出してしまうことは、大きな責任を伴い、発表したために何かその人の身に不都合が起きたときは、全力で責任を取らなければなりません。

 制作者は、その意味で常に謙虚でなければならないのです。

 そして、常に今どういう時代なのかを見つめていること。今を知るには過去を知る必要もあり、単に知識ではなく、大事なことを敏感に感じ取る触覚・感性を磨く努力が大事なのではないでしょうか。

 まず、作る番組に対して愛情をもつこと。たとえ突然振られた番組でも、作る以上は「惚れこんで」自分の心と目線で対象に迫ること。やらされている、という感覚をもつぐらいなら、作り手はやめたほうがいい。

 現場で、心踊らされたり、ともに怒り、または喜ぶことがないと、見てくれる人の心を動かすことは出来ないと思います。

 偉そうなことを書きましたが、これは私自身への自戒でもあります。


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    安倍政権のもたらすもの
    by 馬鹿社長ブログ「にんにく劇場」
    先日のブログで自民党議員の続く不祥事に触れ、その原因に安倍政権の一強政治に潜む権力の腐敗について問うた。そして、これだけ多くの、自民党議員や閣僚たちによる、普通ならばスミマセンだけでは済まない筈の不祥・・・続きを読む
    (2017年05月25日)

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