VOICE

NO25 「初心」

 

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大川 広明
(おおかわ ひろあき)
所属:制作部 

 

大学1年生の時に受けたキャリアデザインの授業で、こんなことを書いていた。

「自分の知らない世界を知りたい。問題の本質を見てそれを発信していきたい」

もともと、映像業界に興味を持っていたものの、何をしたいのかがわからない時に書いた

小さなきっかけだった。

それから、このことを発信するためには何がいいのか、

色々考えるようになってからドキュメンタリーというものに惹かれた。

今まであまり、見ていなかった

このジャンルに惹かれ、作りたいと考えるようになった。

会社に就職してから1年が経ち、今は「ドキュメンタリー」とは何か

「自分の作りたいものは何か」ということを考えている。

日々、勉強し成長し続けなくては、ここでは生き残れない。

もっと学び、成長しなくては。


NO24 「今やるべきこと」

 

ポートレート
益田  公志郎
(ますだ こうしろう)
所属:制作部 

 

入社してもう一年が経とうとしている。
「VOICE」を書かなきゃいけないんだなーと思うことでそれを実感することができた。
僕はずっとテレビ業界に入りたいと思ってきて、なんやかんやでオルタスに入れて
もらえて、やっとこさこの世界の一員になることができた。本当に嬉しかった。
夢が一つ、叶ったと思えた。

ただ、一年近く仕事をさせてもらって感じたことは、自分がどれだけ未熟でまだまだなのかということ。
そのことで泣いたこともあったし、正直辞めようとも思った。
何か理不尽なことがあったとか、体力的にきつかったとかじゃなく、
自分の不甲斐なさにひどく失望し、それがとにかく悔しかった。

「俺がこの業界に入ってやりたいことはなんだったのか、どうなりたいのか」
何度も考えたがはっきりした答えが出てこない…。「こんなはずやなかったんやけどなー」と思う日々…。

先輩方ですごいと思うのは先を読む力と気遣いの心。僕が動こうとした時には先輩はもう動いていたりと、
常に相手のことを考えているんだなと強く感じさせられる。
今僕がやらなければいけないことは、そういった基本的なことを一つ一つ体で覚え、
実行するということ。
それがまだまだ足りていない。

果たして俺は「VOICE」を読んでいる未来のオルタス社員の子達の良きお手本になれるのだろうか…。

「落ち着いて ひとつひとつ やってこう」


N023「 頑張る意味 」

 

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田中安美
( たなか やすみ )
所属:制作部 ディレクター

 

上京し、この業界に入って4年が経ちました。
私の実家は、山形のド田舎です。
最寄りのコンビニまで車で15分、駅からのバスは予約制で、熊やうさぎが出る…。
そんな田中家で暮らす幼い頃の私にとってテレビは、ビックリ箱のようなものでした。
電源を入れれば、ド田舎では見たことのないような別世界が広がり、
芸能人が楽しそうに笑っているし、東京にはこんな女の子がいるのか、
世界にはこんな場所があるのかと驚愕していました。 

私はその魅力に取り憑かれ、裏側に憧れ、この業界に。
実際、現実は厳しく、ディレクターとして作らせてもらった今年は特に辛く、
泣いたこともありました。 

そんな時に思い出すのは、
田中家でまだアナログ放送のテレビに張り付いて、キラキラした目で観る幼い頃の自分。
まずは彼女を裏切らないよう一生懸命やるべきことを。
そしていつか自分なりの企画を通してもっと驚かせてやれればと思います。 


N022 「湯を沸かすほどの…」

 

ポートレート
紅林拓哉
(くればやし たくや )
所属:制作部 ディレクター

 

とある銭湯の番頭に話を聞きに行ったときのこと。

「銭湯って、ハレとケで分ければケなんだよね。
日常の延長線上にある。でも、ケの中でもハレのような居場所を僕らは目指してる。
貴方たちの仕事と似てるんじゃないかなあ」

この言葉を聞き、「はて?」と思った。
その場ですぐに話を飲み込めるほど僕は賢くない。
後日、銭湯に浸からせてもらいながら、
その言葉の意味をぷかぷかと思い浮かべてみる。

銭湯は好きだなあ。
まず、家の風呂より熱めの湯に浸かる特別感。
泡が出たりサウナがあったりなかなか飽きは来ない。
のぼせてくると頭が空っぽになってきて、
悩みなんかも湯気と一緒に高い天井に消えていって…。
上がった後にフルーツ牛乳を渇いた喉にぶちこめば、
最高だったな~なんて言葉しか出てこない。
家に帰ってもポカポカと温まっていて、
冷たいビールを流し込みたくなる情動に駆り立てられ、
一日の締めとしては最高級の幸せが…あれ何の話だったっけ。

いつもみているテレビの中でも、ちょっとハレ的な存在。
銭湯みたいなドキュメンタリーが作れたら最高ってことなんだろうか。
うーん、簡単に言い過ぎた。もっと勉強します。


N021 「 企画を通したい 」

 

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西澤輝隼
(にしざわ きじゅん)
所属:制作部 ディレクター

 

先日、同級生がドキュメンタリーを仕事としてしか取り組まない
人間がムカつくと言っていた。
他人の人生に、土足で踏み入ることの罪の重さを
自覚しろということだろう。

学生のころとは違い、毎日何かしらの番組につき、
ドキュメンタリーを制作できることが当たり前だと錯覚しつつある。
他者を撮ることの重み、作品を作れることのありがたみが
徐々に薄れつつある。
もちろん、ADとして覚えるべきことはまだまだたくさんあり、
いっぱいいっぱいだからということもあるが、
同級生の言葉は重く突き刺さった。

撮るべきものは何か、
その結果背負うべきものは何か、改めて考えたい。
制作できる環境は常に与えられるものではない。
一年目ということもあり、ADとして様々な番組の現場を
経験させていただいているだけである。
企画募集は常にある。いち早く、企画を通したい。

N020「忘れたくないもの」

 

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榎本 雪子
(えのもと ゆきこ)
所属:制作部 ディレクター

 

入社当初、ビクビクしながらディレクターに質問したことがある。
「カメラで撮ることが怖くないんですか?」
私がいちばん聞きたかったこと。
あるディレクターは「何年やっててもこわい」といった。
あるディレクターは「カメラなしでは現場にいけない」といった。
どちらのディレクターも今最前線で活躍している人。

入社して1年経った今、ADとして現場に行っても
未だにカメラで人を撮ることがこわい。
本気で逃げ出したくなるときさえある。
20数年しか生きていない未熟者が
相手が何十年と培ってきた生業を撮らせてもらって 毎日ごはんを食べている。
ましてやそれをテレビという不特定多数の人に向けて発信するという恐ろしさ。
そんなとんでもない仕事が私に勤まるのか…実に不安。
そうまでして何故撮らなければならないのか…未熟ながらに考える。
仕事だから…とカメラを回す人はこの会社にはいない。
そんな環境にいれることがいまの私の誇り。

それでも言葉や表情、指先のささくれの勲章まで
誰かに伝えたいと思える人が居る限りロケにはいきたい。


N019「制作会社でドキュメンタリーを作るということ」

ポートレート
宮下瑠偉
(みやした るい)
所属:制作部 ディレクター

 

入社して15年が経つ。終身雇用なんて死語になりつつある時代にしては、
長く勤めている方かもしれない。辞めない理由はとてもシンプルで、
会社に不満が無いからだ。
ここは、“ドキュメンタリー制作に没頭したい”という欲求が叶う場所だ。
ドキュメンタリーやそれに類する仕事しか請け負っていないため、
テレビ局のように全く異なるジャンルの番組に異動させられることがない。

また、昇進して偉くなり会議室にこもることもない。
思う存分、取材で世界各地を飛び回ることができる。
見知らぬ土地を訪れる際の、期待と不安が入り混じったあのヒリヒリするような
高揚感は、東京の空調をきかせたオフィスでは絶対に得られない。
もちろん、良いことばかりでもない。ここでは、「権力と大金」は
どんなに頑張っても手に入らない。
ブランド品を身に付け、他人を自由に動かす快感を得たい人はうちに来てはいけない。

最後に、僕が会社を辞め無い理由をもうひとつ。それは“定年が無い”ことだ。
若手に負けない体力とモチベーション、時代遅れでない技術力があればいつまでも
作り続けられる。実際、70歳をすぎてもディレクターとして活躍する大先輩たちが
ここにはいる。その背中を追いながら、1本でも多くの作品を作り続けることは
僕の目標のひとつでもある。


N018 「覚えていたいこと」

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二木 まさ美
(ふたつぎ まさみ)
所属:制作部 ディレクター

 

一番最近携わったのは、「宇宙移住」の実現に向けた番組。その前は情報番組で
夫婦問題や嫁姑問題など、半径500m以内の身の回りの出来事を取材してきました。
宇宙から嫁姑問題、両極端にも思いますが、
どちらも根本に人間の営みがあるという点では同じだと感じています。

どの取材でも毎回たくさんの出会いがあり、取材の中であらゆることを
教わっています。
これは、その体験の一つです。訪問看護の現場を取材した時のこと。
許可をもらい末期ガンの男性の家を訪れました。朗らかな男性です。

何度目かにお邪魔した際、その男性が看護師に対して不満を訴える場面が
ありました。
「元気になりたいから、食事をちゃんと食べて栄養を摂りたい」
ガンに蝕まれた男性の体は、食べ物を沢山食べると痛みが出るため、
食事制限は病院の先生の配慮でした。
しかし本人は、力いっぱいに怒り、生きる意志を訴えていたのです。
ディレクターになったばかりの私は突然のピリピリした空気にオズオズして
いましたが、カメラマンは、その姿をそっと撮ってくれていました。
その場面は、番組の山場の一つになりました。
取材の最後まで、「絶対に長生きしますよ」と強い意志を見せてくれていた
その男性は、オンエアの数日後に息を引き取りました。

「撮らせてくれたんだ」と、私はいつも思います。思い上がりかも知れませんが、
男性は自分の生き様を撮らせてくれたんだと、思っています。

勘の悪い私は、いつも現場で体験しないと、
気づくことができません。
今もオズオズしますし、撮っていいライン、ダメなラインはいつも悩みます。

それでも、撮らせてくれる人がいる。
だから、作れている。
当たり前のことだけど、この仕事を始めた頃に全身で実感させてもらった
この体験を、胸に留めていたいと、いつも思います。


N017「昔の自分に」

ポートレート
菅原剣士郎
(すがはら けんしろう)
所属:制作部 ディレクター

 

確か小学6年生の頃、「将来の自分」を紙粘土で作る授業があった。完成した「将来の自分」が握りしめていたのは、カチンコとメガホン。夢は、映画監督になることだった。大志を抱いた菅原少年であったが、なぜか実際にカメラを回してみたり、脚本を書いたりする事はなかった。そんな自分に「熱意が足りないのでは」と疑問を感じ、いつしか映画監督の夢は、胸の奥底で小さくなってしまった。

時は流れ、就活の時期。やはり自分の好きな映像の仕事に携わりたいと、映画配給会社など、いわば「コンテンツを売る側の会社」を志望した。しかし、結果は惨敗。今思えば、自分が本当にやりたい事を考える良い機会になったと思う。結局、当初は「大変そう」と敬遠していた、「コンテンツを作る側」の番組制作会社に辿りついた。

いざ入社してみると、やはりというか、上手くいかないことだらけだった。ミスをするたび、心臓が止まりそうになる。悪戦苦闘している姿を過去の僕が見たら、ひどくがっかりするだろう。しかしそんな日々でも、この仕事を辞めようと(本気で)思ったことは不思議とない。この一年、様々な番組に関わらせてもらい、先輩方の仕事ぶりを間近で体験する中で、「やっぱり自らの手で映像を紡ぎ、自分なりの表現をしたい」という想いを、より現実的な目標として抱くようになった。映画監督に憧れていた、かつての自分にも胸を張って見せられるような、そんな番組を作ってやりたい、なんて思うのである。

…という23歳の戯言を将来、僕はどんな思いで読んでいるだろうか。


N016 「“伝わる”とは…」

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岩井広樹
(いわい ひろき)
所属:制作部 ディレクター

 

  私の故郷は宮城県です。
東日本大震災で地元は大きな被害を受け、身内も何人か亡くしました。
しかし、震災直後、他の地域に行ってみると何事もなかったかのように
毎日が過ぎていることに愕然としたことがありました。
ただ伝えるだけでは“他人事”と見過ごされがちな出来事も、
ドキュメンタリーなら、その出来事の当事者に密着し、
その人の思いや人間像を描き伝えることができます。
それを見てくれた人が共感したときが、本当の「伝わる」ということだと思っています。
オルタスジャパンはドキュメンタリーを専門とする制作会社です。
ここはそこにこだわることが出来る場所だと思っています。


N015「自分がいかに楽しめるか」

ポートレート
田部井 隆聡
(たべい たかとし)
所属:制作部 ディレクター

 

仕事をする上でのポリシーは「自分がいかに楽しめるか」。
今はインターネットの検索サイト・Yahoo!の中にある
Yahoo!ニュース特集というページの制作をしている。
どんなものか簡単に説明すると、毎回テーマを絞って取材をしたものが最終的に「映像」、
「スチール写真」「テキスト」という3つの手法で構成されているページだ。
興味がある人は見て欲しい(URL:http://news.yahoo.co.jp/feature)。

 この制作に携わって半年ほど経つが、実は当初はあまり乗り気でなかった。
「テレビ番組の制作に携わりたくてこの業界に入ったのに、
なぜネットのページ制作をしなくてはいけないのか?」という考えがあったからだ。

しかし、実際に制作を進めるうちにその考えは大きく変わった。
テレビの制作は基本的に映像を作る仕事がメイン。
大きな流れとしては、取材した映像を編集し、そこにナレーションを付けて
VTRを完成させれば終わりだ。

しかし、今携わっているヤフーの仕事はそのVTRの制作に加えて
「テキスト」をつくるという作業が入ってくる。
これがなかなかやっかいで3000字、400字詰め原稿用紙で言うと8枚弱のボリュームの
ものをディレクター自らが考えなければいけない。
しかもただ3000字書けば良いというわけでもない。文章だけで読者を引き寄せなければ
ならない。
新聞記者やライターのように文章を書くテクニックが必要になってくる。
この業界に入って10年強の自分にとっては全く未知の体験だ。もちろん不安も大きい。

でもこの年齢(34歳)でまた新しいことが出来るという
ワクワク感もある。
ディレクターとして新たな武器が1つ増えるかもしれないという期待もある。
要はどんな仕事でも「自分がいかに楽しめるか」」だ。
5年後10年後の自分が、あの時Yahoo!ニュース特集をやっていて良かったと
思えるような仕事をしていきたい。


N014 「オルタスに入社して」

ポートレート
前田翔子
(まえだ しょうこ)
所属:制作部 アシスタントプロデューサー

 

  幼い頃からお笑い番組が好きだったので、
ミーハーな気持ちから興味本位で、
広島のド田舎から上京し、バラエティ系の番組制作会社に入社した。
しかし、理想と違って現実はとても厳しかった。
一時期、テレビ業界から離れた。が、ひょんなことからテレビ業界に戻ることとなった。
しかも、“ドキュメンタリー系制作会社”のオルタスジャパン。
私には縁のないジャンルだと思っていた。むしろ、あまり興味はなかった。

しかし、入社してからは、“ドキュメンタリー”というものに少しずつ惹かれていった。
先輩ディレクターの取材しているようすを見ると、
次から次へと質問を投げかけている。
これ以上聞く事なんてあるのかと思っても、
先輩ディレクターは興味津々にまた質問している。

そして、取材者の想いを自然に引き出している。
そして、構成やナレーションによって、
より取材者の“想い”が伝わる作品となる。“ちゃんと伝える”って
簡単なようで難しい。
ドキュメンタリーって、とても“カッコイイ”と思った。

でもやっぱり、私はお笑い番組も好きなので、
いつか1本だけでもいいからそっち系の番組を制作できないかと密かに考えている。
ドキュメンタリー系の会社がお笑い系番組を作るのも面白いんじゃないかと…。
こんなことを考えているのは私だけかもしれないが。


N013 「自分なりに伝えたい」

ポートレート
奥村佳帆梨
(おくむら かおり)
所属:制作部 ディレクター

 

 入社2年目です。
誰にも遠慮せずに言うならば、いつか自分にしかできない
ドキュメンタリー番組を作ることが目標です。
でも今は、目の前の出来事を追うので精一杯です。
去年の秋、ある病院でシリア難民を取材しました。
爆撃で足を失った私と同い年のその人を前にして
紛争への憎しみや治療に懸ける希望を、
どのように映せば良いのかとても悩みました。

二度と無い瞬間に立ち会わせてもらっているからこそ
自分なりの方法でその瞬間を表現したいと思います。
これからもディレクターとして世界中へ出かけ、
自分の目で見たことを自分なりの方法で伝えることが出来たら、
何より幸せです。


N012 「ほんの少しの・・・」

 

ポートレート
野上皆実
(のがみ みなみ)
所属:制作部 ディレクター

 

この業界に入って3年目。
これまで自分が苦手としてきた事、避けてきた事に日々直面し、
四苦八苦しながらやっている。
自分の強みとか、得意分野とか、色々考えてはいるが、
なかなか活かせずにいて…色々と悩む毎日だ。

前に、同期とこんな話をした。
「しんどいけど、時々、仕事をしていて、ほんの少し、楽しい瞬間がある。
その、少しだけの楽しさに、救われる。」

私にとっての少しだけの楽しさは、「人」にある。

私の知らない場所で、私の知らない人が、私の知らない生き方をしている、
そんな人と、まず出会って話をするところから、この仕事はスタートする。
初対面では、なかなか上手く話せない時の方が多いが、
時々、昔からの知り合いなんじゃなかろうか?と思う程、仲良くなることもある。
その中で共通して言えるのは、みんな、本当に魅力的で面白い人だということ。
そんな人たちと出会えるというのは、奇跡的なことで、
毎回、本当に幸運なことだと思っている。
しかしながら、テレビを通して、そういう魅力的な人たちのことを自然に、
そして素直に伝えていくのは、とても難しいと感じる。
その「難しさ」を自分なりの楽しさに変えられれば最高だが…。
そう簡単にはいかない。
いつか、自分の中で「これだ!」という実感が得られる日まで、
とにかく今は、悩みながらも、がむしゃらに進んでいきたいと思う。


N011 「幻想の現実」

ポートレート
関 強
(かん きょう)
所属:制作部 ディレクター

 

ドキュメンタリーには興味がなかった。
映画を撮りたい!
偶然にオルタスジャパンに入社した。
日々が経って、体は太っていった。でも作品は一つも作ってなかった。
ぎりぎりクビにされるところで、企画が通った!
みなさん大好きな「中国・性の解放」を描いたドキュメンタリー。
頑張ってエロい気持ちを忘れずに作品を作った。
なんと僕のエロい気持ちが大好評!
「エロいな」と褒められて、幸せだった。

ドキュメンタリーを作って考えさせられた。
30歳の僕、30年後は何をやっている?
僕が映画監督になって表現したいのは生活そのもの。
生活は芸術だと思う。

 意外性があり、未来に何が起こるのか予想できない。
その生活を表現するなら、人のリアルな生活を見つめる
ドキュメンタリーが最適だと気付いた。

ドキュメンタリーは未来を描く芸術。
生活の現実ではなくて、現実の幻想なんだ。

きっと30年後も生活の芸術に没頭しているだろう。
これから続く僕の人生。


N010 「渾身を込めた番組作りを」

 

ポートレート
平岡 しおり
(ひらおかしおり)
所属:制作部 ディレクター

 

 ドキュメンタリーを制作したいと思い、大阪の制作会社を退職し、オルタスジャパンに入社して、はや半年が経ちました。

 テレビ制作は、どんなジャンルでも、とにかく、みんな、渾身をこめて作っています。

 そんな現場が大好きで、その渾身の想いがVTRに顕著にあらわれるところも面白くてこの仕事に打ち込んできました。

 ほんとうに、自分が「必死になってやれる仕事だ」と思います。

 でも、日々、悩んでいることもあります。

 それは、オルタスジャパンに入社して、さらに増しました。

 それは、企画が通らないということ。

 企画を通せば、自分で取材をして、カタチにすることができる。

 自分がきっかけを作って取り組む取材は、愛情もひとしお。

 カタチにしたいけれど、どうすれば、企画は通るのか、私には、1割も分かっていません。

 しかし、それをやってのける人たちが周りに沢山いるので、私も、試行錯誤しながら、とにかく書いていくしかないと思う今日このごろ。

 それと、私の心の中には、いつも、大阪で支えてくれたディレクターの先輩や応援して送り出してくれた先輩の方々の存在があります。

 これまで支えて頂いた方達への感謝は、私にとって、大きな支えとなっています。

 温かいスタッフに囲まれた中で、何の恩返しも出来ないまま、ドキュメンタリーを制作したいと東京に出てきた私は、自分がやりたかったことを貫く日が来るまで会わせる顔がないと思う日々。

 自分の意思と人への感謝を胸に、1日もはやく、自分が渾身を込めた番組が作れる日がくるまで、努力する。

 今の私は、それだけです。


N009 オルタスジャパンに入社して

 

ポートレート
高橋絵美
(たかはしえみ)
所属:制作部 ディレクター

 

 4月1日からオルタスジャパンでの仕事が始まった。

 静まりかえった社内、たくさんの人が黙々とパソコンに向かい仕事をこなしていた。

 いったいこの人たちは何をやっているのだろう?

私は、この会社でやっていけるのだろうか?疑問と不安が一気にこみあげた。

 入社して、3週間。そんな疑問と不安をいちいち気にしている

余裕はなく、今は一日も早く企画を通さなければという焦りに変わっている。

 オルタスジャパンに入社して驚かされたのは、
ドキュメンタリーを中心に

幅広いジャンルの作品を数多く手がけていること。

そして一人ひとりが番組に対する熱い思いを持っているということだ。

 この仕事は、自分の財産につながると私は思っている。

人との出会いや経験、この仕事をやっていたからこそ、学べることがたくさんある。

オルタスジャパンなら、今までにない経験がこれからたくさんできるとあってワクワクしている。

 しかし、その一方で、企画を通さなければという焦りは消えない。

たぶんこの先も焦りと戦い続けるのだろう。

 戦い続けるとともに、小さなちいさな自分の器が日々大きくなっていく

ことを自分自身に望みたい。

あなたがオルタスジャパンを目指した理由は?

 以前はローカル局で番組制作を担当していました。

地域の人と触れ合えることは魅力でしたが、もっと深い取材をしたいと思うようになり、

ドキュメンタリー番組を制作するのが目標になっていました。

 お世話になっていた先輩に相談したところ、オルタスジャパンの名前が

あがったのがきっかけです。


N008 初めての制作会社

 

ポートレート
高橋香小合
(たかはし かおり)
所属:業務部経理

 

 今まで人生の中で縁の無かった「制作会社」に入社した。

職務は、これもまた今までに経験した事の無い経理。

入社して初めに感じたことは、制作の人達がいい番組を作る為に

スムーズに仕事ができるようにサポートするのが私達事務の仕事だと思った。

だからこそ番組ができるまでの工程も知らない自分が

この仕事をしていいのか?と悩んだ。

 右も左もわからないまま仕事を始めて3年ほどが経つ。

ある日、番組の中のイメージ映像で手だけの出演をする事になった。

手を映すだけなのに、角度や動かすタイミングなどディレクターが

細かく指示を出す事にびっくりした。

 この時、初めて制作の現場を見ることができ番組を作ることの

大変さを実感した。

今後も番組を作る人のサポートができるよう

そして自分自身の成長の為に仕事を頑張っていきたい。


N007 制作者としてのパワーと生き様

 

ポートレート
澤田 祥江
(さわたさちえ)
所属:制作部
アシスタント プロデューサー

 

 このテレビ業界に入って、15年ほどが経つ。

 私は新卒でこの業界に入った訳ではない。

 「新劇」の劇団制作出身と言う「異色」の経歴を持っている。

 「どうして、テレビ業界に入ったの?」と良く聞かれる。

 その時、私はこう答える。

 「お金では得られない“人のパワーと財産”と“感動”を貰えるから…」

 確かに、給料や余暇を重視する人にとっては良い職場ではないだろう。

 でも、お金や余暇などは自分で頑張ればそんな欲求は満たされる。

 しかし「人との出会い」はお金ではけっして買えない。“人との出会い”は“一生の財産”になると私は思っている。

 普通の会社員で、ハリウッドスターと話せたり、総理大臣と話せたり…今、世界が、日本が注目している人物と関わりをもてるだろうか?この「マスコミ業界」でないとあり得ないであろう。

 こうした「人との出会い」は、「宝」であり「財産」となっている。

 オルタスジャパンは「ドキュメンタリー」を専門にテレビ番組の制作をしている。

 “ドキュメンタリー”と言うのは…“ドラマ”よりも“ドラマチック”だと思う。それは…嘘偽りがないその人の「生き様」がありのまま接する事が出来るから。

 この瞬間と出会えた時「この仕事をしていて良かった」と私は思う。

 テレビ業界も「不況」をもろに仰ぎ、デジタル放送に変わるのも近いと言う事で日々「進化」を遂げている。

 私も、ディレクターからプロデューサーと転身すべく修行をしている。しかし、ディレクターもプロデューサーも「制作者」である事には変わらない。

 よく「ディレクターが番組を作っている」「プロデューサーが偉い」と言う人もいるが私はそうは思わない。

 私たちは「テレビ制作のプロフェッショナル」だ。ディレクター、プロデューサーどちらが抜けても制作は出来ないと思う。

 この仕事で出会った人たちとの出会いを大切にしながら…

「人のパワー」を源に…

「澤田さんだから番組に出るよ」

 と言う関係を作り「私にしか作れない番組」「オルタスでしか作れない番組」に拘りながら、番組の制作に臨んでいきたいと思う。

 人に感動を与え… 自分も感動を得ながら…

 それが…私の「制作者」としての「生き様」となる為に…。


N006 オルタスジャパンに入社して

 

ポートレート
田中郁子
(たなかいくこ)
所属:業務部 経理

 

「果実を食べる者は、少なくとも種子を植え付けるべきだ。」・・・ソローの言葉。

 私は今まで、まだまだ未熟者とはいえども様々な仕事をしてきた。

 幸か不幸か、何事もそこそこ器用にこなせてきた。

 努力が苦手で、いつも「そこそこ」で満足し、それなのに会社には自分に対して過大な評価を求めてきた様に思う。

「給料が安い」「もっと休みたい」etc・・・まさに種子など植える事なく果実を食べ散らかしてきた訳だ。

 約3年前、縁がありオルタスジャパンに入社。今まで携わった経験の全くない、経理の仕事に就いた。

 自分の得意分野ではない仕事を、今まで通り「そこそこ」気分ではとてもこなせず、入社当時は自信喪失、自分自身の能力のなさに嫌気がさした程だった。

 私は多分初めて本気で仕事に取り組み、「そこそこでいいや」とは決して思わなくなった。会社に対して「権利」を主張する前に、自分の果たすべき「義務」を考える様になれた。

 それはオルタスジャパンという会社が、未経験の私に対して仕事に取り組むスタンスに「自由」をくれたからだと思っている。

 自分で考え、自分で行動する、強要ではなく、成長の為の仕事であり続ける。オルタスジャパンへの貢献が、自分自身の成長に繋がる、今後もそんな仕事がしたい。


N005 やりたい事が見つけられた人々

ポートレート
麦谷美幸
(むぎたに みゆき)
所属:制作部 デスク

 

 Q.「大きくなったら何になりたいですか?」

A.「サッカー選手」「お花屋さん」「電車の運転手」「パティシエ」etc…

小さい子供に質問すると、多くの答えがすぐに返ってくる。

そして歳を重ねる毎に、段々と答えられなくなってしまう人も多いだろう。

 以前、映像業界とは全く関係の無い会社に勤める知人にこんなことを言われた。

「自分も含めてだけど、私の会社の人たちは、ただ何となく入社してきた人が多いと思う。

そして生活の為に働いている。だからやりたい事が見つけられた人って羨ましいです。」

 これまで私も様々な仕事を経験してきた。プログラマー、事務職、

ダイビングショップのガングロお姉ちゃん、子供にスイミングを教えたこともあった。

映像の仕事から離れていた時期もあったが、最終的にまた戻ってしまったのだ!

『やっぱり映像の仕事がやりたい』と思い知らされたからである。

 『自分がやりたい事』

ここオルタスジャパンは、この答えをしっかりと持っている人々の集団であると思う。

映像を通して人々に何かを伝えたい…という、同じ志を持つスタッフたち。与えられた仕事をこなす事に精一杯

だったり、やりたい番組が出来るとは限らないが、“いつか自分の企画で番組を作りたい”という想いに

向かって進んでいる。

「やりたい事」を見つけられた私たちは幸せなのかもしれない。しかし、それを実現するための道のりは決して

楽ではないだろう。

 現在、私自身はデスクとして「やりたい事」を実現するスタッフの支えと

なれるよう、「やれる事」でバックアップしているつもりである。

そして常々思う…“自分で選んだのだから、どんな事も前向きに捉え、楽しもう!”と…


N004 アジアンスマイル奨励賞を受賞して

 

ポートレート
和田萌
(わだもえ)
所属:制作部 ディレクター

 

 昨年カンボジア・トンレサップ湖で取材し、水上小学校の新米先生タヴィーと字が書けない少年の交流を描いた「タヴィーの学校は水の上」という作品が、NHK『アジアンスマイル』番組内の“アジアンスマイル奨励賞”をいただきました。思い入れの強い作品なだけに、とても嬉しく思います。

 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、そこには船のように家を浮かべ暮らしている水上村がいくつかあります。

 学校はもちろんのこと、役所、病院、警察、商店、レストラン、そして若者たちが集うビリヤード場まで、ありとあらゆるものが水上に浮かんでいます。

 人々はたくましく暮らし、小さな子供でも自分で船を漕ぎ、自由に移動します。

 2週間の取材期間には、色んな顔見知りの村の人たちができ、言葉も通じないのに手を振り合ったり、時には撮影にまで協力してくれたりと、何とも温かい気持ちで、毎日トンレサップ湖に通いました。

 そしてあんな満天の星空や、真っ赤に染まる朝日まで見せてくれた湖は、この仕事をしているからこそ見られたもので、忘れることのできない体験の連続でした。

 この仕事は、徹夜があるし、時間感覚はめちゃくちゃになるし、肌は荒れるし、眠れないくらい悩み追い詰められるし、「あー苦しい・・・」と涙ながらに思うことばかりなのですが、こんな体験をしてしまうと、やっぱりやめられず苦労したことなんかさっぱり忘れて、そんな体験を求めて、さらなる企画をウキウキと考えてしまいます。

 始まったばかりのディレクター人生ですが、これから先、どんな未知なる世界が待っているのか、どんな体験ができるのか・・・楽しみでなりません。


N003 不思議体験

 

ポートレート
岩谷 一
(いわやはじめ)
所属:制作部長 プロデューサー

 

 憑依現象・・・!?

 テレビの仕事を始めて25年ほどになる。その間、何度か不思議な体験をしている。まるで“天から何かが舞い降りた”と思えるような、自分でも信じられない能力を発揮したと感じることが、何度かあった。

 その体験のひとつは、もう5年くらい前の出来事だ。妖艶な姥桜の伝説を紹介するナレーションを書いているときだった。

 映像素材を見ているうちに老木の妖気に誘われたのか、編集室にいるにもかかわらず、風の音が聞こえてきて、周りが薄暗くなり、花弁が舞い始める・・・、(そんなことあるわけないが、)まるで自分が姥桜の下に立っているかのような気分になった。そして、普段は使わないような言葉が次々と湧き出てきたのだ。気付いたときには、いつの間にかナレーションを書き終えていた。

 きっと、その当時、いくつかの番組を掛け持ちしていたためか、睡眠不足の上、緊張感があり、大量の神経伝達物質が分泌されていたのだと思う。

 集中力も高まり、それまで記憶の奥深くに閉じ込められていた言葉が飛び出してきたのかもしれない。それは、かつて読んだ本のどこかに記されていた言葉や文章なのだろう。

 しかし、自分の脳の中では、妖艶な桜と相対峙していたのは確かだった。今も薄墨の花弁を満開に咲かせた桜を見ると身震いがする。(ただ、後に番組を見るとそれほど大したナレーションでもなく、自己陶酔だったのが残念・・・。)

 さて、この不思議な現象は、それ以後、起きていない。ディレクターからプロデューサーに職替えをしてしまったからだろうか。

 ただ、たとえ自己陶酔でも、あれほどの集中力をいつでも引き出せるようになれれば、仕事がもっと楽しくなるに違いない。


N002 映像の光と影

 

ポートレート
戸田有司
(とだゆうじ)
企画推進部部長
制作部プロデューサー

 

 ある時、マスコミに連日取り上げられる重大事件の容疑者の実家へ取材に入った。

 容疑者の母親は、声を潜めるように暮らしていた。最初は、電話で話すことも出来なかったが、足繁く通いつめ、ようやく信用してくれるようになり、家に上がらせてもらえるようになっていた。

 その日も、ひとりで母親の元を訪ねていたが、そこに逃亡を続けていた容疑者逮捕のニュース速報。いち早く聞きつけたワイドショーの取材陣が飛んできた。扉を激しく叩き、名前を大声で連呼する取材者。「息子さんがつかまったんですよ、感想聞かせてくださいよ!」母親が毎日味わってきたのは、これだったのか。

 オウム真理教事件、阪神淡路大震災、がん病棟の密着取材…

 様々な場面で突きつけられてきたのは、「オレは一体何者なんだ?」という問いだ。カメラという武器を無闇に振り回していないか?マスコミという虚像の中で、目に見えぬ「力」に溺れてはいないか?計り知れない映像メディアのパワー。映像は、人を救いもすれば、殺すことも出来るのだ。

 1991年4月からオルタスジャパン。いつの間にか古株のひとりになってしまったが、まだまだ未熟者だと自覚している。

 願わくば《映像の光と影》を見極められる者になりたい。映像の影を知り、光を信じられる者になりたい。


N001 ドキュメンタリーを目指す若い方々へ

 

ポートレート
星野敏子
(ほしのとしこ)
オルタスジャパン
創立メンバー

 

 「小説より奇なり」の事実の面白さ、作家には書けない「言葉」を吐く、名もない人たち、そういうことと出会ったときの喜びが、私をドキュメンタリーから離れられなくしてきたのかもしれません。

 これまでカメラを向けることを許してくれた人たちによって、いまの私があると思います。

 ただ、無名の人をテレビという公の場に引き出してしまうことは、大きな責任を伴い、発表したために何かその人の身に不都合が起きたときは、全力で責任を取らなければなりません。

 制作者は、その意味で常に謙虚でなければならないのです。

 そして、常に今どういう時代なのかを見つめていること。今を知るには過去を知る必要もあり、単に知識ではなく、大事なことを敏感に感じ取る触覚・感性を磨く努力が大事なのではないでしょうか。

 まず、作る番組に対して愛情をもつこと。たとえ突然振られた番組でも、作る以上は「惚れこんで」自分の心と目線で対象に迫ること。やらされている、という感覚をもつぐらいなら、作り手はやめたほうがいい。

 現場で、心踊らされたり、ともに怒り、または喜ぶことがないと、見てくれる人の心を動かすことは出来ないと思います。

 偉そうなことを書きましたが、これは私自身への自戒でもあります。


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